18.10.01 - 16


昨日はこれ行って厚切りジェイソンとあばれる君見てた。あばれる君、営業にめっちゃ強いタイプだった。

司会アナ「では、厚切りジェイソンさんとあばれる君です!」
オレ(あばれる君さんじゃないんだ…)

厚切りジェイソンはいつものネタを無難にこなしており安定感あった。

あばれる君、ネタは面白いの知ってたので少し期待してた程度だったけど、あんなに客いじりが上手いとは思わなかった。というか、あばれる君の小学生人気が凄かった。

あばれる君、小学生人気が凄いのに一番力入れたネタが「桑田の顔真似」という一番の支持層置いてけぼりのオッサン向けネタだったので本当にすげぇなと思った。




古町オクトーバーフェストなう。思った以上に混んでる。

クラフトビールの陣もこんなかな。

ひたすらIPA飲みながら肉やっつけて撤退しよう。

やっぱさぁ、万代だろうが古町だろうが、こういうイベントがあればめっちゃ人が来るくらいのポテンシャルはあるんだから、どんどんイベントやるべきだよ。特に古町。

というわけで撤退。良いイベントだけど、席が足りなさすぎる。

今日は万代の方のイベントが台風で中止されてるのも大きいかもしれん。キャパが足らんというか、そもそもここまで人が来ることを想定してなかった感じもする。



KOC2018

簡単に。

好きだったのはマヂカルラブリー(傘を盗むループ)とさらば青春の光(鼓舞するための人)。両方決勝には残れなかったが。

ファイナルは3組ともなんかちょっとというところで、ハナコが持って行った感じ。まぁ、なぁ、という。


面白いコント、大体開始30秒~1分がタメで、そこでまず設定の出オチがあり、そこからさらに4分で膨らませるというのが鉄板の形だと思う。

M-1でもKOCでも、優勝した芸人が泣く光景、毎度良いなぁと思う。リアルに人生が報われる人が見れるのはこっちも嬉しい。



自分の強みの認識というか。

例えば国が飢饉対策で「とにかくキャベツだけは絶対に切らさないようにする!」と農業作物をキャベツに全振りしたとする。

国にキャベツが溢れるのでひたすらキャベツ料理が進歩して美味しくなり、一方他の野菜は不味くとも希少価値で高騰する。

国民はキャベツにウンザリしてるのでキャベツ料理は下の下に思っているのだけど、他国から見たら「あそこのキャベツ料理はハンパ無ぇ」となり旅行客が殺到する。

でもホテル行ってみると「お客様にキャベツ料理なんか食わせられねぇ、高級な野菜出さないと」となり、不味い野菜を食わされる。


「海無しの山奥の旅館で山菜じゃなくて刺身やエビフライを出される問題」を少し戯画化するとこういう感じなのだろうけど、色んなとこに応用できる気がする。



時代劇あるある。

時代劇でよくある「お千代、いつもすまないねぇ」「おとっつぁん、それは言いっこなしだよ」の、あの伏せってるおとっつぁんがかかってる病気と、高額だけど飲むとその寝たきりがすぐに回復する薬、あれ一体何なんだ。現代でもそんなの無くねぇか。

あと、こういう場合に大体お千代が稼いでる描写が滅多に無くて、親子は何で食ってるのかスゲェ謎。

よくよく考えるとテレビから時代劇が消えて久しいので、今の20代以下にはこういうシーンは本気で伝わらんかもしれんなぁ。

水戸黄門を1クールやると2回ぐらいは出てきそうなイメージのシーンなんだが。時代劇あるある。



etc.

第四と北銀が統合して「これで第四もコンビニATM手数料無料にならねーかなー」と思ってたら、まさか無料どころか値上げするとは思わねーじゃん…。



科研費、結局は財務省マターなので政権攻撃しても何一つ状況が好転しないやつじゃないのかなぁ。

で、財務省マター=国民の緊縮志向(マスコミにちょっと国の借金を家計に例えられる程度で右往左往してしまう)が本丸なので、普段緊縮一辺倒の世論なのにこういうノーベル賞獲ったみたいな時にだけ「科研費を上げろ」と言ってもしょうがないよなと。一週間したら皆忘れるやつだもの。



BIってのは「ベーシックインカム」つまり「基本的収入」であって「生活保護相当額」と考えるのが妥当であり、「月1~2万」では到底BIとは言えないと思いますがね。

到底BIとは言えない「月数万程度」の額で「BIは不公平・不適なのでは?」と言われても「そりゃ、そんなのBIじゃないからね」で話は終わりでしょう。

「限りなく共産主義に寄せた資本主義」がBIということになるのでしょ。



たまに「嫁は人間としてのオレが好きなのかATMとしてのオレが大事なのか」みたいなことを考えてしまうが、「落語の厩火事じゃねぇか」と思い当たって苦笑してしまう。

落語の普遍性ってスゲェな。

厩火事ってやっぱり凄い話で、「やっぱり大切なのは金かよw」というオチのようでいて、本当は「夫婦の好き嫌いなんてのはそんな単純に切り分けできないもの」という話なんだよな。

あのオチは半分照れ隠しであって、でも半分はマジもあり、つまり個人としても稼ぎとしても大切なのだよな。



平成が30年あったことを考えると、例えば歌丸師匠が亡くなったことなんかは「昭和の終わり」というより「平成の終わり」と考えた方がしっくり来るなぁ。



織田裕二と鈴木保奈美が東京ラブストーリー以来27年ぶりの共演、って聞いて、どれくらいの視聴者が「凄い!観なきゃ!」となるものなんだろうか。


2018年10月19日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

18.09.11 - 30

ゾーニングの話が長々とあった。

「なくせとは言ってない、ゾーニングしろと言ってるだけ!」「ではゾーニングとは?」「私の目の入るところに存在しないこと!」「ゾーニング先が存在せんやんけ…」で大体話が終わってる。

公的・正確な(つまりは行政による、という)意味でのゾーニングが既にされた結果がコンビニの成人棚等であって、そこを踏まえないで言われる今のゾーニングは「私の気に入らないものを私の目の前から消せ」という実質的に規制・発禁の話でしかないんですよ。

コンビニのエロ本等の問題は「ゾーニングされてないこと」ではなくて「ゾーニングとして、目立つように置くことを強制されたこと」です。

成人本を目立たないように陳列してたら「ゾーニングしろ!棚を別にして成人本であることを解りやすく陳列しろ!!」と言われて、それに従ったら今度は「あんな目立つように成人本並べやがってゾーニングしやがれ!!」と殴られてるのが今で、普通だったらそんなんブチ切れて当然でしょう。


「ゾーニングしろ!」と言うからにはゾーニング先ぐらい各自で少しは考えとくべきですよ。それを明らかにできてから「なくせとは言ってない!ゾーニングしろと言ってるだけ!」と言って欲しいわけで。

ゾーニング先を各自考えるとするでしょ、そうすると恐らく少数の「ゾーニング先は存在しないので発禁だ」と多数の「成人向け本みたくカーテンとかで仕切られた場所で売れ」とに分かれるでしょ。前者は「やっぱり無くせ言ってるじゃないですか」で終わりだし、後者はさすがに「自分はゾーニングの話じゃなくて成人向け認定の幅の話をしていたのだ(ゾーニングされた成人向け売り場は既にあるのだから)」と気づくでしょ、それでやっと話が議論めいたものになるんですよ。


「なくせとは言ってない、ゾーニングしろと言ってるだけ!」っていうの、要するに「規制は大ごとで線引き決めるの大変だけど、ゾーニングなら何となく気持ち悪いと思ったものを適当に押しやって良いでしょ」って意味で言ってるでしょう。

「死刑は絶対廃止すべきだけど、痴漢冤罪で数年懲役食らわすくらいなら別に良いんじゃね?」みたいな話でしょ。良くないよ。



古町から三越が無くなるそうで。

新潟ローカルニュースとしては「三越が2020年閉店」でもちきりですが、まぁもう集客が全部万代シティに取られてるし、古町は大和跡地に建設されるビルと俺のイタリアンに全てを賭けるしか無いんじゃなかろか。

「古町へのアクセスが悪い」というより、古町の三越と万代の伊勢丹で客の食い合いやってるわけで、そりゃアカンやろと思う。


「万代には無い、古町ならではの楽しみ」みたいなのが無いんだよなぁ。そういうのがもう「古町芸妓」とかになってしまうので、「古町=金のある年配しか用が無いところ」みたいなイメージになってしまう。

昔は「古町=タワレコ・JunkBox・HMV」で、新潟における音楽の中心、みたいなところがあった。今全部無いし、CD屋は万代の蔦屋と紀伊国屋、ハコは新潟Lotsになった。

昔っつってもオレが大学生の頃の話だからせいぜい15年位前だ。15年程度で古町から何も無くなった。何でだ。



etc.

「炎上商法の効果」とか「悪名は無名に勝る」とか、実際のところ売上げ的に本当なのかどうか誰か調べられないものなのだろうか。



生産性の話が出てくるたびに何回でも繰り返そうと決めてますが、「生産性=動いた額」なので、過剰品質を安売りすればするほど生産性は下がります。逆にそこそこの品質を高値で売りまくれば生産性は上がります。日本において「生産性を上げるには」という話のほとんどは、生産性を下げる話です。

「生産性」の定義もまともにできない人の言う「生産性を上げる方法」がまともなわけ無いっしょ。

大抵、「100万円のダイヤを10万円で売りまくれば売上げめっちゃ上がりますよ」みたいな話をしている。原価ガン無視でとにかく売り上げの数字だけ上がれば良い、という。



仕事終了時間の前後5分、他の時間に比べて数倍トラブルが発生する確率が高いと思う。



柳田国男の「日本の伝説」読んでるんだけど、「舌切り雀よろしく『良い婆様が旅の弘法大師に新設に水を飲ませたら水が沸き、悪い婆様ま弘法大師に素気無くしたらその後水に困った』という話が日本中にある」という話があって、なんというか日本はつくづく「情けは人の為ならず(自分に返ってくることを期待する)」の国だなというか。現世利益で道徳を構築する国なんだなと思った。

これがキリスト教国とかだと「良いことをしないと死後天国に行けません」みたいな「来世利益」で道徳に誘導しているイメージがあるのだけど、どうなんだろうか。



アベノミクス批判でドルベース持ちだしたら負けということでお願いします。

というか、ドルベース持ちだしてアベノミクスの円安批判するのは民主党政権の円高デフレが正しいと言ってるのと同じなので、やはり政権交代だけは絶対にダメだという証拠。



「ソシャゲーを潰せばソシャゲーに流れてた金がそのまま据え置きに流れてゲーム業界が昔に戻る」みたいなこと信じてる人がたくさん居るけど、妄執なので捨てた方が良いよ。そもそも因果関係が逆で、据え置き機需要が縮小したからスマホゲーに移行したのであり。



ポリコレの欠陥は「適用範囲が恣意的過ぎること」であって「適用した結果窮屈になること」ではないんですよ。

「こちらの要求によりお前は我慢しろ、しかしお前の要求は一切聞く必要は無い」が批判されてるのであって「みんな平等に、みんなが少しずつ我慢しよう私も我慢する」だったら「ポリコレ棒」とか言われてないです。


2018年10月02日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

18.08.31 - 09.10

Android版のFGOの重さ。

FGOの宝具トータルダメージ、今年スマホをAQUOS Rに替えてようやく見れるようになった。今まではAQUOS ZETA SH-01Hで見れなかった。つまり、「Androidのつい最近のフラグシップモデルでようやく見れるようになった」。

なので、「AndroidでFGOを快適にプレイしたければスマホをフラグシップモデルにしろ」と言えるのはつい最近になってからで、2年前ぐらいだとフラグシップモデルですらまともにできなかった。「FGOはAndroidに向いてない(向くように作られていない)」は大体正しい。

FGO始めてしばらく、ネットに上がるようなFGO動画でトータルダメージが表示されるの見て「…どの設定いじったらそのトータルダメージってのは表示されるの?」と思ってたからなぁ。


それにしてもFGOのトータルダメが表示されるようになったのには結構感動した。スナドラ835すげぇ。

何がスゲェって、最適化されてないゲームをCPUパワーで無理やり滑らかに動かしてんだよなぁコレ、っていう。

まぁでも、トータルダメージ表示がなぜか顕著なだけで、それ以外の部分については別に困らなかったのが謎なんだよな。3年前のフラグシップモデルでも普通にガクガクになったりすること無くプレイできる。



物語シリーズを見終えた。

世の中から1年ぐらい遅れて、ずっと気にしていた傷物語と終物語を見終えた。これでやっと物語シリーズ終わり。良いものであった。

化物語を見始める前は「沼が深そうなコンテンツやなぁ…入って大丈夫だろうか…」と思っていたが、全部見終えてみるとあっという間だったな。

しかし、老倉周りとかその辺の話はだいぶ忘れている。

物語シリーズ、オーディオコメンタリが完全台本だという点で毎度「西尾維新、本当に恐ろしい…」ってなる。文章量どんだけだよ…。



etc.

消費税の増税については与野党見渡しても反対勢力が無いので、もう諦めている。反増税には受け皿は存在してない。



よく「自分の1票じゃ何も世の中は変わらない、立候補しても勝てるわけない、日本の政治はクソ」みたいなこと言われるけど、本気ならとりあえず支持政党探して党員になったら良いんじゃないかと思う。



野党がネクストキャビネットを掲げることを「ごっこ遊びw」と揶揄する人が居るけど、野党は政権交代を目指すものであるべきだからシャドーやネクストの内閣を想定することは良いことなんですよ。問題は、想定して終わりで政策批判にちっともつながらないことであって。

ネクストキャビネットを組閣するのは「実際に野党に政権交代したらどうなるか」を示す、正しい野党本来の仕事ですよ。で、その立場で現実に立脚した政策論議やっていただきたいし、それが支持されるに足らないことが解ったら相応に反省・改善していただきたいわけで。



料理で一番難しいのは「肉に適温で火を通してロゼ色でジューシーに仕上げる」だと思う。味付けだのは数値化できるけど、これだけは数値化できない。肉の形状で火の通し方は変わるから。

ふと少し前の「TVチャンピオンBBQ王選手権」の事を思い出したが、あの中で「塊肉を炭火で焼いて中心温度が指定温度(65度ぐらい)に近かった方が勝ち」というのがあったが、あのスキルはどんな料理の味付けやレシピを知っていることより高度で重要だと思う。



東京五輪嫌われすぎだろというか、東京五輪が「自分たちが嫌っているものの象徴」にされて藁人形みたく叩かれていて、なんだかなぁと思う。

東京五輪叩きといっても「準備で国民生活に負担をかけるのは違う」から「日本が盛り上がっているのが気に入らない」まであるので、これらがごっちゃになるのは誰のためにもならない。



「東京の電車は子連れや障がい者に厳しい」ではなくて、「東京の電車は誰にとっても厳しいのだけど単身の健常者がどうにかギリギリそのハードルを越えてる」というだけだと思うのだけど。だから、そういう状態を差別の文脈に落とし込んでも何一つ解決しないと思うよ。

差別の問題に落とし込むのって、つまりは「健常者の気持ちの問題(精神論)」ということにしているわけだけど、通勤ラッシュとかもうどう見ても物理的な問題であって乗客の精神論でどうにかできる状態じゃないじゃないですか。



テレビがネットより優れているのは、例えば台風のような「災害の事前情報」が解る(取得しやすい)ところだな。ネットではこうはいかない。地震のような「災害の事後情報」ではどうやってもネットの方が強いが。

プッシュ型のテレビと、プル型のネットの違い。



こういうの、アメリカだとまだ銃規制で議論になるけど、南米になると日常的に人が撃たれてるのに銃規制の話にもならない(規制しようにも規制するための治安維持力が無い)の、キッツいなぁと思う。



「"震度7以上"」で検索すると震度とマグニチュードの区別が付いてない人が物凄く多い。

まぁ、そういう人が多数居る国で「放射能を正しく怖がろう」とか言ってもハードル高すぎるよなぁ、とは思う。



「自分に甘く他人に厳しい」というのはダブスタのように考えがちだけれど、「自分を甘やかし過ぎた結果、そのツケや矛先を他人に向けるために他人に厳しくなる」という理路だとすると自然なことで、むしろ「自分にも他人にも厳しい」みたいな方が不自然なのかもしれない。



本当に、このままだと今年の瞬間最大が「あぁ、ごめんヘルシェイク矢野の事考えてた」で終わってしまう。


2018年09月17日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

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