18.07.25 - 08.02

「劇場版コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命」を見た。

コードブルーを見ます。

レディプレイヤーワンとか見てないし、TLで話題にもならんような映画ばっか見てんなオレも。



コードブルー、かなり良かった。普通に泣いた。

脚本がかなり良く、よくこんだけドクターヘリ・救急医療にまつわる泣きエピソードを無理無く詰め込んだな、という感じ。


「泣けるエピソード群像劇詰め合わせセット」という感じなんだけども、そもそもが救急医療の話なのでどんなに唐突な展開も「今大事故があり救急が必要」と言ってしまえば可能、という舞台設定がそれを可能にしている。

「だって事故なんだもの、少なくとも病院サイドから見て事故に前触れや伏線がある方がおかしいでしょ」と言われたら「アッハイ」と受け入れるしかない。そして、この作品ではそれが良い方向に転がっている。


レビューコメント見ると予想通りにこれを以てボロクソ(詰め込みすぎ、一つ一つが掘り下げられてなくて薄いetc.)言ってる人が多いけれど、オレは逆にそこが良かった。「花嫁や恋人の余命が数日で悲しい」みたいな話を掘り下げて2時間やったりするのは他の作品に任せたら良い。

そういう「詰め込みすぎ」「掘り下げられてない」みたいなの、そもそもこの作品が病院・医者目線だからでしょう。そこはそういう「生死にまつわるエピソードがドライに山盛りになっている場所」なのであり、「当事者ではなく客観的な目線」になるのは自然なことで。

じっくり感情移入するにはあまりにも場面がコロコロ変わって付いていくのが大変、というのは確かにあるけれど。


総評としては、全力で泣かせに来られて、普通に泣いてしまった、という感じ。

あと、エンドロールにオマケ的にコンテンツが詰まってる(メイキング流すような、ベタな)映画、スッゲー久しぶりに見た。


コードブルーのような泣き映画に対して「泣く作品=優れた作品、ではない」という見方もあるけれど、「爆笑できるお笑いコンテンツ」はそれだけで十分役を果たしているのと同様、泣ける泣き映画はそれで充分良い出来であると思う。

「お笑い=下劣」「泣ける=感動・尊い」という序列が根底にあるからそういう評価軸ができるわけで、「笑えるのも泣けるのも等価に優れている」という前提であるべき。



最近読んだ漫画。

「波よ聞いてくれ」5巻読了。いやー、なんかもうすげぇわ。こんな脈絡が無くて、しかもギリギリのところでちゃんとストーリーが成立してて、しかもその巻の中でそれなりに伏線回収ができてる漫画、初めて読んだわ。

「この突拍子もない滅茶苦茶な展開をどこに着地させるのか」というドキドキ感だけで読ませるの、凄すぎる。


トネガワ7巻読了。金虎はもう出オチ過ぎて卑怯。海老谷の扱いが安定して良し。相変わらずレベルが高い。

「ホップステップ神降臨」流行らねぇかな。


CITY5巻読了。ツッコミ連打回により、にーくらのちゃんみお感が加速している。相変わらず「爆笑するとか超面白いとかじゃないんだけど、適度な勢いとサッパリした読後感がある漫画」で、なんだかんだで一気読みしてしまう。



etc.

オウム事件での死刑囚が全員執行された。当時、朝生で誰かが「こんな大事件、死刑にするにしても執行まで20年はかかりますよ!」と言っていたのを呆然と聞いた記憶があるが、もうその20年以上が経過したのだな…。

20年、長いようであっという間だな。



「スマホしか触ったことなくてPC使えない」とか「通信容量をギガと呼ぶ」とかはまだ良いとしても、「通信容量とメモリとROMの違いが解らない(全部ギガとかGBと呼ぶ)」は本気で不味いんでないの。



邦画、「ジャニタレに払う高額ギャラでもっといい作品創れるだろ」とは思うものの、邦画を見ない層がジャニタレ起用した作品に金を落とす一方、そういう状況を嘆く映画マニアが単館系ミニシアターで小規模製作費の作品を見ていたり、何だかんだで今のままで住みわけができてるのではという気もする。

で、映画マニアも映画マニアで「単館系でマニアックな映画見てる自分」が好きだったり。映画レビューサイトでそういう「お前らパンピーとは違う俺様の感じ方は~」みたいなこと書いたり。

大多数の、特に映画が趣味というわけでもない一般人というのは「好きなアイドルや芸能人が出てるから」という理由でも無いと映画を見ないものではないのか、という経験則的なものがある。



「まともな人のまともな意見はまともであるがゆえに高レベルであってもバズらない」みたいな問題がずっとインターネットの課題であると思うし、その回答例として一時期「キュレーター」が提唱されたはずなんだが、どこ行ったんだキュレーター。

…って考えると、結局「まともなキュレーターがまとめたまともな記事はまともであるがゆえに高レベルであってもバズらない」という壁に再度ブチ当たるからだろうし、詰んでる。AIなんかを神として奉って権威付けでもしないと解決しない。



「〇〇が嫌いなのは本当に美味い〇〇を食った事が無いからだ」みたいなの、本当にそれが理由で〇〇が嫌いなのだとしても、本当の〇〇を食わせてまで好きになってもらう必要のあるシチュエーションなんか美味しんぼの中ぐらいにしか無いよな…。

ミスター味っ子で納豆が絶対食えない友人の妊婦さんに納豆をどうにか食ってもらう回があって、その時には「母乳にビタミンKが無く、ビタミンKは納豆で採るのが一番だから」という理由がちゃんとあったが、改めて考えるとそんな話はミスター味っ子の中でしか聞いた事が無い。

納豆食ってない妊婦なんて世の中いっぱい居るだろう。


2018年08月14日 Twitterまとめ(映画含) トラックバック:0 コメント:0

18.07.12 - 24

一人〇〇。


一人メシとか、そもそもは「(自分が一人であることを)見られるのが辛い」だったはずなのに、いつの間にか「(幸せそうな他人を)見るのが辛い」になっているのが興味深い。

「見られる」のは避けられないけど、「見る」のは「見なきゃ良いんじゃね?」で済む(済ませるべき)話では。


一人焼肉とか、店員さんは一切気にしてないのにやってる人がネタで「店員さんに哀れみの目で見られるwww」とか言い出して、それが被害妄想を誘発するとか、そういう隠れ地獄絵図みたいな構図ありそう。

一人○○を気にしている人、単に自分が昔他人に向けた悪意や好奇の目線がブーメランで自分に返ってきてるだけなのでは、という気がする。



PUBG。

PUBG、武器運とセーフゾーン運の二つの運要素がかなり大きいけど、麻雀の配牌と同じで引きが悪くて即死しても気にせず「しゃーない、次行こ次」の精神が大切なんだろうな。

「100人で争って最後の一人になるのを目指す」ということは、普通にやって100回に1回ドン勝取れたら上出来ということだ。100回中99回はただ殺されるモブを演じるということだ。そういうゲームなのだ。モブでも10位以内に入ったらクッソ楽しいので良いゲームなのだ。

毎回当たり前のようにドン勝食ってる(ように見える)動画配信の方がおかしいのだ。


モバイル版だけじゃなくてPC版もやった方が高画質で楽しそうだなと思うんだけど、SteamのPUBGのレビュー読むと「サーバ周りとチートで酷いことになってるから絶対止めた方がいい」で埋まっているのでモバイル版だけで遊んでるのがベターなのかなと。



etc.

真面目な話、円の信任が強すぎて円安にならなくて困るわ、国債も手堅すぎて金利低すぎるわ、っていう状態で、震災復興やオリンピックという数十年に一度あるかないかレベルの出来事にすらお金ガンガン刷って使えない理由が全く解らんのだけど。



いくら丼とかトリュフパスタとかの「ストップというまで乗せ続けます」的なの、ストップと言わなかったらどうなるのかずっと気になっているが、そういう店に行ったことが無いので自分で試す機会も無い。

まぁ実際、ストップと言わなくても割と常識なところで止めるし、要するに「大盛り無料・小盛りでも値引きしません」の見せ方変えた奴だよな。



辛ラーメン、辛いんだけど単純にそれ以外の味が足らんのよな。韓国で焼肉のシメに食ったインスタントラーメンは美味かったので、そういう味の調整なのかもしれない。

味の濃いもの食いまくった後に薄味のスープ系食うと美味いやん、辛ラーメンってそういう感じ。



Steamでどう見てもロックマンという感じのゲームの説明に「ローグライクのアクションゲーム」と書いてあり「ローグライク」という言葉の意味が全く解らなくなるなどした。

洋ゲー、「ローグライク」という説明好きすぎだろ。

せめて「トルネコダンジョン亜種」ぐらいの範囲に留めておかないと説明用語として意味をなさないと思う。



二日間ほどCR偽物語打ち込んだ。CR化物語の方がクオリティ高かったかなぁと思う。

CR化物語同様、めちゃくちゃ声優にパチンコ専用音声喋らせててスゲーなと思った。甘デジバージョン早よ。

あとやっぱ、曲が化物語の方が良いんだよなぁ。大当たりで聴く「ambivalent world」が最高過ぎた。白金ディスコも悪くは無いんだが。



YouTubeで「このごみくずニートに祝福を!」っていうパチンコ実践動画シリーズあるんだけど、見やすいし短くまとまってるし勝ち負けが赤裸々なので、「パチンコの実際のところの勝ち負けの感覚」を知りたい人はコレ見るのが良いと思う。

「3万使って何も起こらないのを全カットで数秒で終わらせる編集」みたいなの、視聴者にはひたすら有難いけど、なかなかできることではないと思う。



世界仰天ニュースでオウムのサリン事件やっていたけれど、人生の挫折で心が弱ってるところに、たまたま誘われたセミナーにたまたま好奇心で入り込んじゃってマインドコントロールされて、というのはほぼ回避不能なので「人生とは運で人を何十人も殺してしまって死刑になるということがあり得るのだなぁ」としみじみ思った。



(一部の人が)日本が良いところだと思えないのは、単純に日本の良いところが全て「あって当然のもの」と認識されて良いところとしてカウントされないからに過ぎないと思う。一方、悪いところは「それが無い外国」を探してきてでも比べるのできっちりカウントされる。

で、そういう無理やりにでも隣の芝を青く見ようとする生き方は不幸しか呼ばないだろうなぁと思う。

2018年08月01日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

18.06.29 - 07.11


しんどかった…。伊達に日本三大奇書と呼ばれてなかった。

読了したけど、中身を半分くらいしか理解できてない。ジョジョの終盤くらい解りにくい。

今まで読んだ本の中でも三本の指には入るぐらい読むのがしんどかったし、しんどい理由の7割くらいは一部で延々と「チャカポコチャカポコ」読まされたせいだし、しかもこの部分実際要らなくないか。

文書束のパート終わってからはサクサク読めた。まぁ、この時点でKindleで既に7割読了してんだけど。7割くらいまでしんどい。


文書束パート後の正木博士の口調、本当に忍野メメ過ぎて、櫻井孝宏ボイスで読んでて楽しい。


読み終わってみると全体の構成はそんなに難しくないのだけど、個々の書類が普通に一冊くらいのボリュームあるし、そりゃ書くのに10年かかるわという感じ。

全部読んで一通り話を理解してからもう一度読むと、気付かなかった伏線とか解って楽しいと思うし、繰り返し読む人が多いのも納得する。オレは御免被るけど。



真に美味しいもの。

ここ一ヶ月ぐらい「本当に美味いものとは何だ」「最後の晩餐に何を食うか」みたいなことを考えながら過ごしているが、やっぱり「日常生活で食える範囲で一番美味いもの、例えばちょっと頑張れば買える程度の良い米と卵で作る卵かけご飯だとか、近場の店の美味しいラーメンだとか」が最強と思う。

「美味しいもの」と「『美味しいもの』ということにされているもの」の違いというか、一生に一度か二度食うような高級料理はやはり後者であって最後の晩餐に食いたいものとは違う。

「美味しいもの」の構成要素に「食べ馴れていること」というのが絶対にあると思う。


何でそんなことをずっと考えているかというと、土山しげる先生先生が亡くなって「極道めし」を読み返したからだった。

結局のところ「美味い不味いというものは料理の味だけで完結するのではなく、味わう人の人生・思い出に紐付けられて初めて語れるもの」であり、美味しんぼでの「四万十川の鮎を食べて『なんちゅうもんを食わせてくれたんや…』と号泣する京極さん」は明確な解答の1つだったと思う。



etc.

今日のサッカー(日本ポーランド戦)を「麻雀のベタオリ」と例えてる人が居て、とても解りやすかった。「ツモられたら終わり、という場面でのロンだけは絶対に避けるためのベタオリ」だよな確かに。だから「ツモられたら終わりやんけ!」と「アガリ狙ってロンされたら終わりやんけ!」で論争になるという。

「最悪ツモられてもまず安手で2着以上安定での状況でのベタオリ」なら、まぁこんなに議論になったりせんだろうな。

麻雀でもこの状況は何が正しいかはなかなか結論出せないやつだ。



最近急にペットボトルコーヒー増えたの、「コーヒーをペットボトルに入れても良い技術が開発された」というわけではなく、単に「今までコーヒーをペットボトルに入れるという発想が無かった」というだけのことなんだろうか。なんだそれ。



「合戦そのものはそれまで積んだ事の帰結よ。合戦に至るまで何をするかが俺は戦だと思っとる。猿(秀吉)以外、本質は誰も理解せんかったがな」とドリフターズのノッブが言ってたけれど、「選挙そのものはそれまで積んだ事の帰結よ。選挙に至るまで何をするかが俺は民主主義だと思っとる」なのよな。

民主主義国家において日ごろ自分が積んでいたこと、他人に積まれたこと、選挙はそれらへの表明の機会なわけですよ。

そこが解っていれば「選挙に行くことに意味があるの?」みたいな言葉は出てこないはずなんですよ。



他人を詰める時に「クイズです」とか「解りませんか?ではヒントです」とか言い出すの、本当にキッツいよな……。絶対的立場から相手をいたぶってるだけなのに、本人は「冷静に問いかけてるだけ」のつもりなんだよな……。

これ本当に他山の石として、自分が部下や後輩を注意するシチュエーションでもこれだけは絶対にやらないことと肝に銘じておきたい……。



最近、日本Disの文脈で「○○ができたのは明治時代、つまりせいぜい100年前からで、これは歴史や伝統とは言えない(よって、ありがたがる必要は無い)」みたいなのをやたらと言われるけど、「建国百年未満の国に払う敬意は無い」みたいな言説を許していて良いのだろうかといつも思う。



ディズニーランドの「モンスターズ・インク ライド&ゴーシーク」とか、シーのトイストーリーマニアとか、すっげー人気アトラクションだけどやってることはガンバレットシリーズ程度のシューティングで、なんか微妙だなと思う。下手にゲーム性があると逆にガチのゲームと比較されてしまうので残念感がある。

ただ、トイストーリーマニアの館内のオブジェの山はなかなか見ごたえがあり、待ち時間がさほど苦にならなかった。

ディズニーリゾートで一番好きなアトラクションはインディージョーンズ。レイダース・マーチが流れるだけでめっちゃテンション上がる。



ドラえもんとキテレツ大百科はキャラ構成が似てるようで全然違っていて、(のび太っぽい)キテレツがドラえもんポジションで(ドラえもんっぽい)コロ助がのび太ポジションだし、ブタゴリラは普通に良い奴なんだよな。

ドラえもんがキャラのデフォルメ・ステレオタイプ化が激しいので、キテレツ大百科は割とリアルに寄ってる感じがする。



「餃子に酢コショウ」という食べ方が広まりつつあるが、実際これはなかなか美味くて酢ラー油派の自分もこれに乗り換えつつある。醤油は要らん。


2018年07月15日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

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