18.10.30 - 11.07

格ゲーの話の続き。スト30thを買ったので。

今さらスト2やってみると、CPUの強さが超反応に全振りした形になっていて対人戦の練習にならんあたり、やはり発売年相応に雑だなと。

この辺はスト3もそうで、当然の攻撃、例えばジャンプしたら相応のタイミングでキック出すなどをしてこず、地上でも攻撃がランダムなのでプレイヤーがなかなかブロッキングの練習できないんだよね。ここは本当に当時からダメだと思ってた。

確か当時カプコンが「ブロッキングを理解してもらえない」と嘆いてたけど、当たり前だよ。ブロッキングを理解できるようなCPU戦を作ってないんだもの。


最近の格ゲー話、「対人戦のマナー(初心者狩りダメ絶対)やマッチング」に終始しがちだけど、「対人戦のスキル向上に直結するようなCPUアルゴリズムの構築」の方が実現可能性高いんじゃないかな。

超反応とランダムで強さを作ってしまうCPU、地味に格ゲーの面白さを伝えるのに大失敗してたと思う。「ちゃんと手を出すと超反応されて負けるが、適当に技連打してると勝ってしまう」とか、本当にダメ。

「初心者に対する格ゲーの敷居の高さ」の話が対戦台運営や初心者狩りといった話に直結するの、「初心者が格ゲー対戦を練習するにあたってCPUアルゴリズムが論外」の裏返しなんだろうな。今ならかなりマシな(対人戦の感覚に近い)CPUアルゴリズムが作れそうなもんだけど。

「difficult=小足見て昇竜余裕でしたクラスの超反応」「easy=トレーニングモード並みの棒立ち」では対人戦練習にはクソの役にも立たんし、格ゲー最大のキモであるとこの「読み合いの楽しさ」は全く味わえない。

格ゲーのCPUって「プレイヤーの攻撃に対して超反応で返してくる」というのはやるくせに「プレイヤーの攻撃をガード後に確定反撃入れてくるorガード後にとりあえず何か攻撃してくる」みたいなことはやらないんだよな。

この辺、3D系(バーチャやデドアラ)だとそういう印象受けなくて、割とCPU戦の向上が対人戦の向上に直結してるような気がしたのだけど、どっちかというとアルゴリズムというよりゲームシステムが読み合い重点だからだろうな。



渋谷のハロウィン。

渋谷ハロウィン、別に主催者が居るわけでもなく「コスプレして渋谷に行けばなんかあるだろ」と考えて皆が勝手に集まってるだけなので、そもそもイベントとして語ること自体が間違ってね?と考えている。「渋谷という街特有の一現象」では。

来年から禁止も何も、開催されてないでしょという。

「渋谷ハロウィンを中止する(どうやって…?)」ではなく、むしろ「ちゃんとイベントとして主催して制御する」とした方が良くないかと思うわけで。


「何でハロウィンで渋谷に集まるの?」というインタビューに「他のハロウィンイベントは親子のものになっているから」と答えていたのを見て、「日本は暴動的なエネルギーを祭りで発散していたのだが、東京に出てきた若者にはそういうものが無い」という見立ては間違って無いなと思った。

同時に、「何で地方の祭りはヤンキーや不良が張り切って神輿を担いだり山車を引っ張ったりするのか」というのも合点がいった。むしろそのための場なのだと。



etc.

左右上下問わず、「自分に都合の悪いネットを規制したい」というのを隠そうとしなくなってきている昨今。



簡単炊飯器レシピみたいなのが量産されてるけど、普通のご家庭には炊飯器は一つだけなので副菜レベルのを炊飯器で作れるのは本当に便利なのか?それ作ってる間は飯炊けないんやぞ?と思う。



いいねの何が良くないって、文章の中に平仮名3文字って読みにくくなるし語感も悪いんだよ。「今日はこれいいねしました」とか。favに戻してほしい。

「いいねする」って何だよ!?とずっと思ってる。

Twitter、割とマジで「fav」を「いいね」に変更した辺りから本格的に迷走してないか。



「Twitterはfacebookになりたがってる」という話を見るたびに脳内で勇次郎が「競うな持ち味をイカせッッ」と叫ぶ。というかこんだけ巨大になってもいまだにfacebookになろうとしてたらどうかしてるでしょ…。「MicrosoftがAppleになりたがる」ぐらいの話ですよ…。

「各国首脳や主要企業がこぞってアカウント持って公式情報発信してる」という状況でマネタイズが上手くいってないの、もうfacebookになればとかユーザーがキラキラすればとか、そんな問題じゃないでしょ…。



異世界転生的な描写で「信じられん!お前は掛け算や割り算ができるというのか!?」みたいなの、そういう世界にはそもそも掛け算割り算の概念が無いだろうから「掛け算できるのか!?」という驚き方があり得ないと思う。

「お前は…お前は何故『31を99回足す』という計算が瞬時にできるのだ…!?」みたいになるでしょ。



「しりょうかくにんしました」→「飼料確認しました」

オレMS-IMEで「飼料」なんてここ数年変換した記憶無いんですけどぉー!!??

MS-IME、何でこう「一度も使った事のない言葉をいきなり変換候補筆頭にする」みたいなことを頻繁にするわけマジで。嫌がらせか。



京都、日本酒的には月桂冠と黄桜のお膝元なので地酒感が薄くて、出張行っても玉乃光飲んでた記憶しかない。

松竹梅の宝酒造も京都だ。大手メーカー全部京都なんだよなぁ。

もう月桂冠・黄桜・宝酒造って聞いた時点で「日本全国どこでも買えるやつじゃん…」という印象が先に立っちゃってダメなんすよね。いやヌーベル月桂冠とかも十分美味いんですが。どうしてもそこでしか飲めないやつ飲みたくなっちゃう。(ふなぐち菊水も他県民からそう思われてそう)


2018年11月15日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

18.10.17 - 29

格ゲーで初心者がどうの勝てないからどうの。

自分はまだ格ゲー勝てる方なので格ゲーで「勝てないからつまらない」はそんなに無いのだけど、将棋ではそういう思いをしていて、何が真因かというと「あまりにもワケが解らないうちに負けてしまうので何をどうしたら上達するのかすら解らない」なんすよね。やりようがない。

「バスケットボールのゴールは適当な高さにあるから みんなシュートの練習をするんだぜ あれが百メートル上空にあってみろ 誰もボールを投げようともしねえ」というアレ。

ゲームが勝てなくてつまらないの、「対人戦で勝てないのが我慢ならない」というのもあるにはあるが、それよりも「努力しようにも取っ掛かりすら見えない」があると致命的にキツい。



最終的に読み合いで勝負するシステムだという点はスト2の時代から特に変わっていないが、そこに至るまでの前提部分だけがとてつもなく冗長になり、その結果昔より遥かに初心者をレイプしやすくなっているというのが、現状の格闘ゲームの姿だと思われる。例えて言えば、昔は普通に将棋をしていたのが、今は駒の重さが500kgぐらいになったので、マジックハンド付きロボットを操縦できないと将棋以前に駒を動かす事すらできません、といったような状態。

以上、2007年の記事。こういう話、10年以上前に散々やって終わってんだよなぁ…。

この10年以上前の話の流れの時には自分も散々ブログ記事書いたし考えたけど、結局のところ「ネット対戦でランクマッチの精度高めて初心者にも適度な対戦経験を提供しよう、システムはどこかでリセットしよう」ぐらいしか無いし、しかもそれが10年経ってもろくに実現されてない。

精度の高いランクマ作るの、そこまで難易度高いとも思えないんだけどなぁ。単にレーティングを厳格にやれば良いところを下手に緩さを持たせようとして失敗してない?という。

こういう意味でも、スト30thで「スト2(ストゼロ・スト3)でネット対戦ができる」というのは一つの契機ではある。20年ぐらい前のシンプルな格ゲーでネット対戦ができるので。ただ、残念なことにスト30thはランクマがほぼ死んでいる。



「AIが格ゲーを攻略した」みたいなニュースが少し前にあったけど、AIに求められるのは「世界大会で優勝できるレベルの腕前」ではなくて「格ゲー初心者に対して適度に良い勝負を提供する接待プレイの腕前」じゃないのかな。

いや、真面目に今格ゲーのネット対戦に求められるのは、そういう「初心者が楽しく勝ち負けを楽しめるbot」だと思うよ。オレはPUBGでそういうものの存在に物凄く救われたもの。

PUBGが「初プレイからいきなりゴールドランク以上の戦場にぶち込まれて瞬殺されて続けて1キルすらままならない」みたいなゲームだったら、とっくに心折れて辞めてたもん。格ゲーが初心者にやってることってそういう事でしょ。そりゃ終わるよ。

「騙し」が必要だと思う。自分でイージー選択してCPU戦やっても、成功体験として積みあがらないから。嘘でもいいから「人に勝った」と思わせたい。



炎上。

炎上マーケティングは長い目で見ればマイナスだろう、マイナスであって欲しいなとは思うんだけど、実際マイナスなのかただの自分の願望なのかは判別付かない。本当にマイナスならとっくに滅びていても良いんじゃないかとも思う。

悪名は無名に勝るというのは営業の肌感覚としてガチなんだろうな。炎上マーケティングごときでは結局見てる人のほとんどは「名前は聞いた覚えあるけど何があったかは覚えてない」ぐらいだろうし。

だから、まぁ、これからも炎上マーケティングは続くんだろう。

悪名を有名と比べるのが間違っているのであって(そりゃ誰でも評判良くて有名なのが良いに決まってる)、悪名のメリットデメリットはあくまでも「無名よりマシなのかどうか」だろうね。もしくは「一旦悪名で売ってしまったら良評判による有名には至れない」とかね。



スマホ版FateSNをようやく終える。なっがい。

セイバールートだけでこんなボリュームあるとは夢にも思わなかった。舐めてた。無料でこんなんやらせてもらって本当に良いのか?というレベル。

これで凛ルートと桜ルートやったらどんだけ時間かかるの…。

FateSNやると小次郎が燕返し披露した時の強者感が半端無いし「アルトリアと同格じゃね?」ぐらいなんだけど、その後アルトリアがエクスカリバーぶっ放す時の描写が凄すぎて「そりゃ小次郎、FGOで星2だわ…」みたいな感じになる。

FateSN読むと確かに小次郎星2・メデューサ星3・エミヤ星4・アルトリア星5は納得なんだけど、だったらヘラクレス星7ぐらいじゃねーのと思う。「ヘラクレスはエミヤ戦で命6回も取られてるし」ということだろうか。というか、FateSNでのヘラクレス、FGOだとメガロスと同格ぐらい。



少子化とか。

国が個人の結婚や出産を命令・指図するのはダメ。それは分かる。人生における個人の決定を尊重すべき。分かる。分かるんだけど、では今ぐらいに極端に結婚出産に関してネガティブな情報ばかりがあふれる状況における個人の決定というのは、フェアなものなんだろうか。

結婚出産に関して、こういう良い事があるよとか、もっと客観的には「実際にはこういう補助が出るよ」という情報がもっと出ないとダメなんじゃないか。でもそういう情報は「結婚できないやつのことも考えろ!」と封殺されるわけでしょう。マズくないか。

結果、Twitterでは「妻は全員、常に夫を憎み殺意を抱いている」みたいな情報で溢れるわけでしょう。そういう状況で個人の決定って正しいのか?と思う。


ただ、まぁ、自分も常々言ってるように、結婚出産のメリットというか幸せなところというのは極めて個人的なもので一般化できるものではないので、なかなか表に出てきにくい。

( ´-`).。oO(……しかし、それは夫婦間の憎しみも同じはずなのに、何故こっちは堂々と表に出されて共有されるのだ?)

人との出会いのきっかけがある程度ネットに移行している現在、そのきっかけの場がネガティブや怨嗟にまみれているのは、とても不味い。

そんなことをふと、昨日風呂に入りながら考えていた。



etc.

散々言われていることだけど。消費税は「全員から広く取れる」「景気に左右されない」というのがメリットと説明されるけど、それは「不況でも貧乏人から容赦無く取れる」という意味であって、そんなのが横行したら国が経済良くする動機無くなるよね。

財政を健全化する前に、財務省の認識を健全化して「緊縮では先細るばかり、金を回すことで税収を増やす」という考えになってもらうところから始めないといけないのでは。



インバウンドに関しては、「連続した休みがどんなに頑張ってもせいぜい1週間程度の日本人に、1か月ぐらい滞在するのが当たり前な外国人旅行客の需要を理解したり予測したりするのは無理」で話終わってると思う。



対魔忍RPGで久しぶりにソシャゲをゼロから始めているわけだが、やっぱりソシャゲはゲームデザイン的に「育ち切ったプレイヤー」を中心にバランス調整が行われるものであり、自分をいかに早くそこまで持って行くかがゲームスキルのキモであるなぁと。

上級を周回できることが前提のイベントで中級しか回れないとどうにもならん。



コメの品種の食い比べもやってみたいんだが、それ以上に炊飯器の食い比べを一度やってみたい。1万円の炊飯器と10万円の炊飯器は本当に違うのか。



ドラゴンドラ乗った。山頂のゴンドラ待ち行列が洒落にならん。

湯沢の紅葉、ドラゴンドラは乗ってる間は最高なんだけど、頂上に居れる時間が無さすぎるんだよな。登って、即下りの行列並んで、それで時間的にギリギリになる。

というか、そういうものだったことをすっかり忘れていた。



ドコモショップの待ち時間が長いの、単純に客の分散ができてないだけのような気がするのだけど。大混雑してるとことガラガラのところの差が激しい。



「本当に私の仕事を評価しているというのなら報酬をくれ!」に対して「報酬はやれんが承認欲求を満たせるようさらに仕事をくれてやろう」が返ってくる現実、なんか凄く昔話や寓話っぽい。なんかこんな話あったよなぁ。

「利益を望んだら利益は得られず逆に要らないものをくっ付けられる」ってのがちょっと「こぶとりじいさん」っぽいんだよね。



タバコは「喫煙所を設けてそこで吸ってもらう」で必要十分だと思うのだけど、何でその喫煙所を排除して全面禁煙に向かっているのかは本当に解らない。

分煙できてるのに喫煙所をぶっ潰すような流れと、そんな中でもいまだに歩きタバコとポイ捨てを止めない人が並列に存在しているの、本当に誰も得してない。



「接客の質」というものが金にならないのが、地味に日本の致命的なところだと思うんだよな。接客レベルを(時にトップからの指示で)現場がいくら高めたところで、客はそれで余計に払おうともしなければサービス利用頻度が増すわけでもなく、給料も上がらない。

そして、「接客を良くしなければ他所に客を取られる」という強迫観念から、接客の質だけは青天井に上がっていくが、全員が同じことを考えるからそれで1円も回らないという。「日本の生産性が悪い」の9割ぐらいはこれが原因と言っても間違っていないと思うんだが。

日本、ただでさえ見えないもの(サービス)に金払う(値付けする)のは本当に苦手なのに、「モノではなくサービスを売る時代への移行期」に同時にデフレも来ちゃったから「とにかくサービスなら向上させる分にはタダやで!!」となって今に至る。



パチンコ打ってたら隣のじいさんがCRシュタインズゲート打ってタイムリープだの世界線だのというストーリー見せられてたけど、どう考えても理解できないやろ…。


2018年11月04日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

18.10.01 - 16


昨日はこれ行って厚切りジェイソンとあばれる君見てた。あばれる君、営業にめっちゃ強いタイプだった。

司会アナ「では、厚切りジェイソンさんとあばれる君です!」
オレ(あばれる君さんじゃないんだ…)

厚切りジェイソンはいつものネタを無難にこなしており安定感あった。

あばれる君、ネタは面白いの知ってたので少し期待してた程度だったけど、あんなに客いじりが上手いとは思わなかった。というか、あばれる君の小学生人気が凄かった。

あばれる君、小学生人気が凄いのに一番力入れたネタが「桑田の顔真似」という一番の支持層置いてけぼりのオッサン向けネタだったので本当にすげぇなと思った。




古町オクトーバーフェストなう。思った以上に混んでる。

クラフトビールの陣もこんなかな。

ひたすらIPA飲みながら肉やっつけて撤退しよう。

やっぱさぁ、万代だろうが古町だろうが、こういうイベントがあればめっちゃ人が来るくらいのポテンシャルはあるんだから、どんどんイベントやるべきだよ。特に古町。

というわけで撤退。良いイベントだけど、席が足りなさすぎる。

今日は万代の方のイベントが台風で中止されてるのも大きいかもしれん。キャパが足らんというか、そもそもここまで人が来ることを想定してなかった感じもする。



KOC2018

簡単に。

好きだったのはマヂカルラブリー(傘を盗むループ)とさらば青春の光(鼓舞するための人)。両方決勝には残れなかったが。

ファイナルは3組ともなんかちょっとというところで、ハナコが持って行った感じ。まぁ、なぁ、という。


面白いコント、大体開始30秒~1分がタメで、そこでまず設定の出オチがあり、そこからさらに4分で膨らませるというのが鉄板の形だと思う。

M-1でもKOCでも、優勝した芸人が泣く光景、毎度良いなぁと思う。リアルに人生が報われる人が見れるのはこっちも嬉しい。



自分の強みの認識というか。

例えば国が飢饉対策で「とにかくキャベツだけは絶対に切らさないようにする!」と農業作物をキャベツに全振りしたとする。

国にキャベツが溢れるのでひたすらキャベツ料理が進歩して美味しくなり、一方他の野菜は不味くとも希少価値で高騰する。

国民はキャベツにウンザリしてるのでキャベツ料理は下の下に思っているのだけど、他国から見たら「あそこのキャベツ料理はハンパ無ぇ」となり旅行客が殺到する。

でもホテル行ってみると「お客様にキャベツ料理なんか食わせられねぇ、高級な野菜出さないと」となり、不味い野菜を食わされる。


「海無しの山奥の旅館で山菜じゃなくて刺身やエビフライを出される問題」を少し戯画化するとこういう感じなのだろうけど、色んなとこに応用できる気がする。



時代劇あるある。

時代劇でよくある「お千代、いつもすまないねぇ」「おとっつぁん、それは言いっこなしだよ」の、あの伏せってるおとっつぁんがかかってる病気と、高額だけど飲むとその寝たきりがすぐに回復する薬、あれ一体何なんだ。現代でもそんなの無くねぇか。

あと、こういう場合に大体お千代が稼いでる描写が滅多に無くて、親子は何で食ってるのかスゲェ謎。

よくよく考えるとテレビから時代劇が消えて久しいので、今の20代以下にはこういうシーンは本気で伝わらんかもしれんなぁ。

水戸黄門を1クールやると2回ぐらいは出てきそうなイメージのシーンなんだが。時代劇あるある。



etc.

第四と北銀が統合して「これで第四もコンビニATM手数料無料にならねーかなー」と思ってたら、まさか無料どころか値上げするとは思わねーじゃん…。



科研費、結局は財務省マターなので政権攻撃しても何一つ状況が好転しないやつじゃないのかなぁ。

で、財務省マター=国民の緊縮志向(マスコミにちょっと国の借金を家計に例えられる程度で右往左往してしまう)が本丸なので、普段緊縮一辺倒の世論なのにこういうノーベル賞獲ったみたいな時にだけ「科研費を上げろ」と言ってもしょうがないよなと。一週間したら皆忘れるやつだもの。



BIってのは「ベーシックインカム」つまり「基本的収入」であって「生活保護相当額」と考えるのが妥当であり、「月1~2万」では到底BIとは言えないと思いますがね。

到底BIとは言えない「月数万程度」の額で「BIは不公平・不適なのでは?」と言われても「そりゃ、そんなのBIじゃないからね」で話は終わりでしょう。

「限りなく共産主義に寄せた資本主義」がBIということになるのでしょ。



たまに「嫁は人間としてのオレが好きなのかATMとしてのオレが大事なのか」みたいなことを考えてしまうが、「落語の厩火事じゃねぇか」と思い当たって苦笑してしまう。

落語の普遍性ってスゲェな。

厩火事ってやっぱり凄い話で、「やっぱり大切なのは金かよw」というオチのようでいて、本当は「夫婦の好き嫌いなんてのはそんな単純に切り分けできないもの」という話なんだよな。

あのオチは半分照れ隠しであって、でも半分はマジもあり、つまり個人としても稼ぎとしても大切なのだよな。



平成が30年あったことを考えると、例えば歌丸師匠が亡くなったことなんかは「昭和の終わり」というより「平成の終わり」と考えた方がしっくり来るなぁ。



織田裕二と鈴木保奈美が東京ラブストーリー以来27年ぶりの共演、って聞いて、どれくらいの視聴者が「凄い!観なきゃ!」となるものなんだろうか。


2018年10月19日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

18.09.11 - 30

ゾーニングの話が長々とあった。

「なくせとは言ってない、ゾーニングしろと言ってるだけ!」「ではゾーニングとは?」「私の目の入るところに存在しないこと!」「ゾーニング先が存在せんやんけ…」で大体話が終わってる。

公的・正確な(つまりは行政による、という)意味でのゾーニングが既にされた結果がコンビニの成人棚等であって、そこを踏まえないで言われる今のゾーニングは「私の気に入らないものを私の目の前から消せ」という実質的に規制・発禁の話でしかないんですよ。

コンビニのエロ本等の問題は「ゾーニングされてないこと」ではなくて「ゾーニングとして、目立つように置くことを強制されたこと」です。

成人本を目立たないように陳列してたら「ゾーニングしろ!棚を別にして成人本であることを解りやすく陳列しろ!!」と言われて、それに従ったら今度は「あんな目立つように成人本並べやがってゾーニングしやがれ!!」と殴られてるのが今で、普通だったらそんなんブチ切れて当然でしょう。


「ゾーニングしろ!」と言うからにはゾーニング先ぐらい各自で少しは考えとくべきですよ。それを明らかにできてから「なくせとは言ってない!ゾーニングしろと言ってるだけ!」と言って欲しいわけで。

ゾーニング先を各自考えるとするでしょ、そうすると恐らく少数の「ゾーニング先は存在しないので発禁だ」と多数の「成人向け本みたくカーテンとかで仕切られた場所で売れ」とに分かれるでしょ。前者は「やっぱり無くせ言ってるじゃないですか」で終わりだし、後者はさすがに「自分はゾーニングの話じゃなくて成人向け認定の幅の話をしていたのだ(ゾーニングされた成人向け売り場は既にあるのだから)」と気づくでしょ、それでやっと話が議論めいたものになるんですよ。


「なくせとは言ってない、ゾーニングしろと言ってるだけ!」っていうの、要するに「規制は大ごとで線引き決めるの大変だけど、ゾーニングなら何となく気持ち悪いと思ったものを適当に押しやって良いでしょ」って意味で言ってるでしょう。

「死刑は絶対廃止すべきだけど、痴漢冤罪で数年懲役食らわすくらいなら別に良いんじゃね?」みたいな話でしょ。良くないよ。



古町から三越が無くなるそうで。

新潟ローカルニュースとしては「三越が2020年閉店」でもちきりですが、まぁもう集客が全部万代シティに取られてるし、古町は大和跡地に建設されるビルと俺のイタリアンに全てを賭けるしか無いんじゃなかろか。

「古町へのアクセスが悪い」というより、古町の三越と万代の伊勢丹で客の食い合いやってるわけで、そりゃアカンやろと思う。


「万代には無い、古町ならではの楽しみ」みたいなのが無いんだよなぁ。そういうのがもう「古町芸妓」とかになってしまうので、「古町=金のある年配しか用が無いところ」みたいなイメージになってしまう。

昔は「古町=タワレコ・JunkBox・HMV」で、新潟における音楽の中心、みたいなところがあった。今全部無いし、CD屋は万代の蔦屋と紀伊国屋、ハコは新潟Lotsになった。

昔っつってもオレが大学生の頃の話だからせいぜい15年位前だ。15年程度で古町から何も無くなった。何でだ。



etc.

「炎上商法の効果」とか「悪名は無名に勝る」とか、実際のところ売上げ的に本当なのかどうか誰か調べられないものなのだろうか。



生産性の話が出てくるたびに何回でも繰り返そうと決めてますが、「生産性=動いた額」なので、過剰品質を安売りすればするほど生産性は下がります。逆にそこそこの品質を高値で売りまくれば生産性は上がります。日本において「生産性を上げるには」という話のほとんどは、生産性を下げる話です。

「生産性」の定義もまともにできない人の言う「生産性を上げる方法」がまともなわけ無いっしょ。

大抵、「100万円のダイヤを10万円で売りまくれば売上げめっちゃ上がりますよ」みたいな話をしている。原価ガン無視でとにかく売り上げの数字だけ上がれば良い、という。



仕事終了時間の前後5分、他の時間に比べて数倍トラブルが発生する確率が高いと思う。



柳田国男の「日本の伝説」読んでるんだけど、「舌切り雀よろしく『良い婆様が旅の弘法大師に新設に水を飲ませたら水が沸き、悪い婆様ま弘法大師に素気無くしたらその後水に困った』という話が日本中にある」という話があって、なんというか日本はつくづく「情けは人の為ならず(自分に返ってくることを期待する)」の国だなというか。現世利益で道徳を構築する国なんだなと思った。

これがキリスト教国とかだと「良いことをしないと死後天国に行けません」みたいな「来世利益」で道徳に誘導しているイメージがあるのだけど、どうなんだろうか。



アベノミクス批判でドルベース持ちだしたら負けということでお願いします。

というか、ドルベース持ちだしてアベノミクスの円安批判するのは民主党政権の円高デフレが正しいと言ってるのと同じなので、やはり政権交代だけは絶対にダメだという証拠。



「ソシャゲーを潰せばソシャゲーに流れてた金がそのまま据え置きに流れてゲーム業界が昔に戻る」みたいなこと信じてる人がたくさん居るけど、妄執なので捨てた方が良いよ。そもそも因果関係が逆で、据え置き機需要が縮小したからスマホゲーに移行したのであり。



ポリコレの欠陥は「適用範囲が恣意的過ぎること」であって「適用した結果窮屈になること」ではないんですよ。

「こちらの要求によりお前は我慢しろ、しかしお前の要求は一切聞く必要は無い」が批判されてるのであって「みんな平等に、みんなが少しずつ我慢しよう私も我慢する」だったら「ポリコレ棒」とか言われてないです。


2018年10月02日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

18.08.31 - 09.10

Android版のFGOの重さ。

FGOの宝具トータルダメージ、今年スマホをAQUOS Rに替えてようやく見れるようになった。今まではAQUOS ZETA SH-01Hで見れなかった。つまり、「Androidのつい最近のフラグシップモデルでようやく見れるようになった」。

なので、「AndroidでFGOを快適にプレイしたければスマホをフラグシップモデルにしろ」と言えるのはつい最近になってからで、2年前ぐらいだとフラグシップモデルですらまともにできなかった。「FGOはAndroidに向いてない(向くように作られていない)」は大体正しい。

FGO始めてしばらく、ネットに上がるようなFGO動画でトータルダメージが表示されるの見て「…どの設定いじったらそのトータルダメージってのは表示されるの?」と思ってたからなぁ。


それにしてもFGOのトータルダメが表示されるようになったのには結構感動した。スナドラ835すげぇ。

何がスゲェって、最適化されてないゲームをCPUパワーで無理やり滑らかに動かしてんだよなぁコレ、っていう。

まぁでも、トータルダメージ表示がなぜか顕著なだけで、それ以外の部分については別に困らなかったのが謎なんだよな。3年前のフラグシップモデルでも普通にガクガクになったりすること無くプレイできる。



物語シリーズを見終えた。

世の中から1年ぐらい遅れて、ずっと気にしていた傷物語と終物語を見終えた。これでやっと物語シリーズ終わり。良いものであった。

化物語を見始める前は「沼が深そうなコンテンツやなぁ…入って大丈夫だろうか…」と思っていたが、全部見終えてみるとあっという間だったな。

しかし、老倉周りとかその辺の話はだいぶ忘れている。

物語シリーズ、オーディオコメンタリが完全台本だという点で毎度「西尾維新、本当に恐ろしい…」ってなる。文章量どんだけだよ…。



etc.

消費税の増税については与野党見渡しても反対勢力が無いので、もう諦めている。反増税には受け皿は存在してない。



よく「自分の1票じゃ何も世の中は変わらない、立候補しても勝てるわけない、日本の政治はクソ」みたいなこと言われるけど、本気ならとりあえず支持政党探して党員になったら良いんじゃないかと思う。



野党がネクストキャビネットを掲げることを「ごっこ遊びw」と揶揄する人が居るけど、野党は政権交代を目指すものであるべきだからシャドーやネクストの内閣を想定することは良いことなんですよ。問題は、想定して終わりで政策批判にちっともつながらないことであって。

ネクストキャビネットを組閣するのは「実際に野党に政権交代したらどうなるか」を示す、正しい野党本来の仕事ですよ。で、その立場で現実に立脚した政策論議やっていただきたいし、それが支持されるに足らないことが解ったら相応に反省・改善していただきたいわけで。



料理で一番難しいのは「肉に適温で火を通してロゼ色でジューシーに仕上げる」だと思う。味付けだのは数値化できるけど、これだけは数値化できない。肉の形状で火の通し方は変わるから。

ふと少し前の「TVチャンピオンBBQ王選手権」の事を思い出したが、あの中で「塊肉を炭火で焼いて中心温度が指定温度(65度ぐらい)に近かった方が勝ち」というのがあったが、あのスキルはどんな料理の味付けやレシピを知っていることより高度で重要だと思う。



東京五輪嫌われすぎだろというか、東京五輪が「自分たちが嫌っているものの象徴」にされて藁人形みたく叩かれていて、なんだかなぁと思う。

東京五輪叩きといっても「準備で国民生活に負担をかけるのは違う」から「日本が盛り上がっているのが気に入らない」まであるので、これらがごっちゃになるのは誰のためにもならない。



「東京の電車は子連れや障がい者に厳しい」ではなくて、「東京の電車は誰にとっても厳しいのだけど単身の健常者がどうにかギリギリそのハードルを越えてる」というだけだと思うのだけど。だから、そういう状態を差別の文脈に落とし込んでも何一つ解決しないと思うよ。

差別の問題に落とし込むのって、つまりは「健常者の気持ちの問題(精神論)」ということにしているわけだけど、通勤ラッシュとかもうどう見ても物理的な問題であって乗客の精神論でどうにかできる状態じゃないじゃないですか。



テレビがネットより優れているのは、例えば台風のような「災害の事前情報」が解る(取得しやすい)ところだな。ネットではこうはいかない。地震のような「災害の事後情報」ではどうやってもネットの方が強いが。

プッシュ型のテレビと、プル型のネットの違い。



こういうの、アメリカだとまだ銃規制で議論になるけど、南米になると日常的に人が撃たれてるのに銃規制の話にもならない(規制しようにも規制するための治安維持力が無い)の、キッツいなぁと思う。



「"震度7以上"」で検索すると震度とマグニチュードの区別が付いてない人が物凄く多い。

まぁ、そういう人が多数居る国で「放射能を正しく怖がろう」とか言ってもハードル高すぎるよなぁ、とは思う。



「自分に甘く他人に厳しい」というのはダブスタのように考えがちだけれど、「自分を甘やかし過ぎた結果、そのツケや矛先を他人に向けるために他人に厳しくなる」という理路だとすると自然なことで、むしろ「自分にも他人にも厳しい」みたいな方が不自然なのかもしれない。



本当に、このままだと今年の瞬間最大が「あぁ、ごめんヘルシェイク矢野の事考えてた」で終わってしまう。


2018年09月17日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

18.08.03 - 20

サマータイム。

マラソンが暑いのなら金を使って対策しろよと思うけどな。「とにかく金だけは使わない」というところからスタートするからサマータイムとか言うんでしょ。

東京五輪のマラソンコースは大抵理想的な東京観光コースとして作られているわけだから、サマータイムなんぞに逃げずにこのコース全域に日よけとミストと散水設置して夏でも涼しく観光できますとかやったら五輪後も生きるインフラになると思うのですが。

酷暑対策になってない対策の揶揄あれこれのついでに打ち水が一緒くたで馬鹿にされてるけど、打ち水は実際路面温度下げるし別にええやろといつも思うんだが。湿度も、どうせ打ち水しなくてもミスト使うんだし良いんじゃねぇの?感があり。


実際にサマータイム導入する金でザハ案の国立競技場が2~3個建つんじゃなかろか。システム改修費用は誰がどうやって捻出することになるのか本当に謎。

「サマータイム導入はタダで酷暑対策できる」ってのは「国立競技場は国民から資材を供出してもらえばタダで造れる」と言ってるのと同じ。


サマータイムを「1日が26時間になる」みたいに考えてる人、本当に多い。「労働時間が延びるから反対」みたいに言ってる人も含む。

サマータイムで「1日が長くなって良い」とか考えてる人見るたびに「サマータイムで1日を長くできるなら今日からでも睡眠時間2時間削って長くできるよ」としか思えない。


サマータイム導入で「(例えば)7/1 AM3:00から2時間時計を早める」の実装を失敗して、「AM3:00になった」「時計をAM1:00にする」「2時間後」「AM3:00になった」「時計をAM1:00にする」「2時間後」…を永久に繰り返す不具合が絶対にどこかで出ると思ってる。

リアルエンドレスエイト。


五輪のダメなやつ、全部「金をかけるべきところを最初からケチろうとしているから」に集約される。



医者の労働環境の流れで。

「お金の概念が無くなって皆が好きな時に好きなことをやればいい世界が良い」というのはまぁ解るのだけど、実際のところそれやると需給調整効かなくなるし、医療でそれやると夜中の急患なんか誰も診ないんだよなぁ…。

物語シリーズで貝木が言ってた「金は全ての代わりになる」「そしてそのうえで、かけがえのないものではない」というのは名言で、「貨幣というシステムがどんだけ優れてるか」を端的に表している。

金(というシステム)があれば、「命を助けてくれ」と医者に対等の立場で頼めるんですよ。

貨幣というシステムが無かったら、夜中に「今診てくれなかったら死ぬ」という状態に陥った時に、医者にひたすら土下座して命乞いするしか無くなるんですよ。



最近読んだ漫画。

「バーナード嬢曰く。」4巻読了。こんな絵だけど話のクオリティは上がり続けてる感じがする。相変わらずキルミーっぽいしアニメ2期やって欲しい。

「ジャイアントキリング」48巻。引き続き持田と花森の物語でエモい。バナ嬢が百合ならジャイキリはBL全開だ。

「異世界食堂」3巻。ライオン剣士がカツ丼を心の拠り所に復活する、みたいなのには弱い。が、やはりどうしても「異世界居酒屋のぶ」と比べて見てしまう。

「ジョジョリオン」18巻。何かもうよく解らない。読者の何割くらいがスタンド戦の詳細まで理解して読めているのだろうか。

「岸辺露伴は動かない」2巻。ジョジョリオンと違ってこちらは解り易く面白い。こういうのでいいんだよこういうので。

「いとしのムーコ」13巻。内容がループしている感じもあるが、ムーコの可愛さを摂取するサプリのようなものなので、とかく続くことで役割が果たされているのだと思う。



etc.

(一部の、と付けた方が良いのだろうけど)女性は「自分が酷い目にあうのは自分が女性だからだ」を全ての答えにしたがり過ぎるし、それはほとんどのケースで間違ってる。大抵、男も同等に嫌な目にあっているのだけど、それが不可視なだけ。

東京医大のもそうだけど、女性差別と呼ばれてるケースのほとんどは本当は「男女問わず公正が為されていない問題」だし、むしろそれを女性差別の問題と設定し、公正・公平を徹底するのではなく変なところに逆差別を導入することで差別を打ち消そうとすることで解決が遠くなる。



ソシャゲばかりが独り勝ちのように儲かる世界は良くないとは思うのだけど、長年続ける前提のコンテンツに対して「全員から一定額徴収する」ではなく「払いたい人から払いたいだけ払ってもらう」というシステムに移行したんだと考えると、まぁ悪いばかりでもないのかなという気がする。

「見て感動したらお金払ってね」の大道芸の料金システム。



「俺たちの若い頃はな」の話、非合理な仕事の押し付けに使うからクソなのであって、純粋に雑談としてはかなり面白い部類ですよ。



「オタクはアニメと現実の区別が付かない」という中傷をよくされるが実際は付いているし、むしろ白い巨塔的な医療ドラマ見て「男の医者は派閥争いばかりしている」とナチュラルに思い込んでるような「ドラマと現実の区別が付かない一般の人」の方がよほど多い。



「他人に見せることを意図したRT」の非表示は設定できるのに、「見せることを意図しない(故に不適切な内容がバンバン入る)いいね」の非表示は設定できないTwitter、どう考えても狂いすぎてるんだよなぁ…。



今時の就職面接対策本をパラパラ読みながら「そうは言っても、社員でもないそこらの学生に『御社の欠点と改善策』を的確に挙げられる会社、ヤバいでしょ…」など思った。

「あなたを物に例えると何ですか?」とか、就職面接対策本の定番だけど、現実で聞かれたこと一度も無いわ。



志村けんのだいじょうぶだぁ、ゴールデンタイムにゲロウンコエロ下ネタをバリバリに入れてくるの、30年前のテレビバラエティの最後の砦って感じするし、多分意図してやってると思うんだよな。

それにしても、本当に志村けんと加藤茶が楽しそうにコントしてるの見るのはたまらんものがあるなぁ。



国が「AIやIoTの活用で生産性を上げる」と言う時、結果として仕事が少数に集中し「自殺するほど就職難で、過労死するほど忙しい」を加速すると思うのだけど、その当然の結末の予想も無ければケアを考えている感じもしない。



久しぶりにボーリングやったら間違ってスコア200出てもうた。もう一生出ねぇこんなスコア。

2018年08月22日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

18.07.12 - 24

一人〇〇。


一人メシとか、そもそもは「(自分が一人であることを)見られるのが辛い」だったはずなのに、いつの間にか「(幸せそうな他人を)見るのが辛い」になっているのが興味深い。

「見られる」のは避けられないけど、「見る」のは「見なきゃ良いんじゃね?」で済む(済ませるべき)話では。


一人焼肉とか、店員さんは一切気にしてないのにやってる人がネタで「店員さんに哀れみの目で見られるwww」とか言い出して、それが被害妄想を誘発するとか、そういう隠れ地獄絵図みたいな構図ありそう。

一人○○を気にしている人、単に自分が昔他人に向けた悪意や好奇の目線がブーメランで自分に返ってきてるだけなのでは、という気がする。



PUBG。

PUBG、武器運とセーフゾーン運の二つの運要素がかなり大きいけど、麻雀の配牌と同じで引きが悪くて即死しても気にせず「しゃーない、次行こ次」の精神が大切なんだろうな。

「100人で争って最後の一人になるのを目指す」ということは、普通にやって100回に1回ドン勝取れたら上出来ということだ。100回中99回はただ殺されるモブを演じるということだ。そういうゲームなのだ。モブでも10位以内に入ったらクッソ楽しいので良いゲームなのだ。

毎回当たり前のようにドン勝食ってる(ように見える)動画配信の方がおかしいのだ。


モバイル版だけじゃなくてPC版もやった方が高画質で楽しそうだなと思うんだけど、SteamのPUBGのレビュー読むと「サーバ周りとチートで酷いことになってるから絶対止めた方がいい」で埋まっているのでモバイル版だけで遊んでるのがベターなのかなと。



etc.

真面目な話、円の信任が強すぎて円安にならなくて困るわ、国債も手堅すぎて金利低すぎるわ、っていう状態で、震災復興やオリンピックという数十年に一度あるかないかレベルの出来事にすらお金ガンガン刷って使えない理由が全く解らんのだけど。



いくら丼とかトリュフパスタとかの「ストップというまで乗せ続けます」的なの、ストップと言わなかったらどうなるのかずっと気になっているが、そういう店に行ったことが無いので自分で試す機会も無い。

まぁ実際、ストップと言わなくても割と常識なところで止めるし、要するに「大盛り無料・小盛りでも値引きしません」の見せ方変えた奴だよな。



辛ラーメン、辛いんだけど単純にそれ以外の味が足らんのよな。韓国で焼肉のシメに食ったインスタントラーメンは美味かったので、そういう味の調整なのかもしれない。

味の濃いもの食いまくった後に薄味のスープ系食うと美味いやん、辛ラーメンってそういう感じ。



Steamでどう見てもロックマンという感じのゲームの説明に「ローグライクのアクションゲーム」と書いてあり「ローグライク」という言葉の意味が全く解らなくなるなどした。

洋ゲー、「ローグライク」という説明好きすぎだろ。

せめて「トルネコダンジョン亜種」ぐらいの範囲に留めておかないと説明用語として意味をなさないと思う。



二日間ほどCR偽物語打ち込んだ。CR化物語の方がクオリティ高かったかなぁと思う。

CR化物語同様、めちゃくちゃ声優にパチンコ専用音声喋らせててスゲーなと思った。甘デジバージョン早よ。

あとやっぱ、曲が化物語の方が良いんだよなぁ。大当たりで聴く「ambivalent world」が最高過ぎた。白金ディスコも悪くは無いんだが。



YouTubeで「このごみくずニートに祝福を!」っていうパチンコ実践動画シリーズあるんだけど、見やすいし短くまとまってるし勝ち負けが赤裸々なので、「パチンコの実際のところの勝ち負けの感覚」を知りたい人はコレ見るのが良いと思う。

「3万使って何も起こらないのを全カットで数秒で終わらせる編集」みたいなの、視聴者にはひたすら有難いけど、なかなかできることではないと思う。



世界仰天ニュースでオウムのサリン事件やっていたけれど、人生の挫折で心が弱ってるところに、たまたま誘われたセミナーにたまたま好奇心で入り込んじゃってマインドコントロールされて、というのはほぼ回避不能なので「人生とは運で人を何十人も殺してしまって死刑になるということがあり得るのだなぁ」としみじみ思った。



(一部の人が)日本が良いところだと思えないのは、単純に日本の良いところが全て「あって当然のもの」と認識されて良いところとしてカウントされないからに過ぎないと思う。一方、悪いところは「それが無い外国」を探してきてでも比べるのできっちりカウントされる。

で、そういう無理やりにでも隣の芝を青く見ようとする生き方は不幸しか呼ばないだろうなぁと思う。

2018年08月01日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

18.06.29 - 07.11


しんどかった…。伊達に日本三大奇書と呼ばれてなかった。

読了したけど、中身を半分くらいしか理解できてない。ジョジョの終盤くらい解りにくい。

今まで読んだ本の中でも三本の指には入るぐらい読むのがしんどかったし、しんどい理由の7割くらいは一部で延々と「チャカポコチャカポコ」読まされたせいだし、しかもこの部分実際要らなくないか。

文書束のパート終わってからはサクサク読めた。まぁ、この時点でKindleで既に7割読了してんだけど。7割くらいまでしんどい。


文書束パート後の正木博士の口調、本当に忍野メメ過ぎて、櫻井孝宏ボイスで読んでて楽しい。


読み終わってみると全体の構成はそんなに難しくないのだけど、個々の書類が普通に一冊くらいのボリュームあるし、そりゃ書くのに10年かかるわという感じ。

全部読んで一通り話を理解してからもう一度読むと、気付かなかった伏線とか解って楽しいと思うし、繰り返し読む人が多いのも納得する。オレは御免被るけど。



真に美味しいもの。

ここ一ヶ月ぐらい「本当に美味いものとは何だ」「最後の晩餐に何を食うか」みたいなことを考えながら過ごしているが、やっぱり「日常生活で食える範囲で一番美味いもの、例えばちょっと頑張れば買える程度の良い米と卵で作る卵かけご飯だとか、近場の店の美味しいラーメンだとか」が最強と思う。

「美味しいもの」と「『美味しいもの』ということにされているもの」の違いというか、一生に一度か二度食うような高級料理はやはり後者であって最後の晩餐に食いたいものとは違う。

「美味しいもの」の構成要素に「食べ馴れていること」というのが絶対にあると思う。


何でそんなことをずっと考えているかというと、土山しげる先生先生が亡くなって「極道めし」を読み返したからだった。

結局のところ「美味い不味いというものは料理の味だけで完結するのではなく、味わう人の人生・思い出に紐付けられて初めて語れるもの」であり、美味しんぼでの「四万十川の鮎を食べて『なんちゅうもんを食わせてくれたんや…』と号泣する京極さん」は明確な解答の1つだったと思う。



etc.

今日のサッカー(日本ポーランド戦)を「麻雀のベタオリ」と例えてる人が居て、とても解りやすかった。「ツモられたら終わり、という場面でのロンだけは絶対に避けるためのベタオリ」だよな確かに。だから「ツモられたら終わりやんけ!」と「アガリ狙ってロンされたら終わりやんけ!」で論争になるという。

「最悪ツモられてもまず安手で2着以上安定での状況でのベタオリ」なら、まぁこんなに議論になったりせんだろうな。

麻雀でもこの状況は何が正しいかはなかなか結論出せないやつだ。



最近急にペットボトルコーヒー増えたの、「コーヒーをペットボトルに入れても良い技術が開発された」というわけではなく、単に「今までコーヒーをペットボトルに入れるという発想が無かった」というだけのことなんだろうか。なんだそれ。



「合戦そのものはそれまで積んだ事の帰結よ。合戦に至るまで何をするかが俺は戦だと思っとる。猿(秀吉)以外、本質は誰も理解せんかったがな」とドリフターズのノッブが言ってたけれど、「選挙そのものはそれまで積んだ事の帰結よ。選挙に至るまで何をするかが俺は民主主義だと思っとる」なのよな。

民主主義国家において日ごろ自分が積んでいたこと、他人に積まれたこと、選挙はそれらへの表明の機会なわけですよ。

そこが解っていれば「選挙に行くことに意味があるの?」みたいな言葉は出てこないはずなんですよ。



他人を詰める時に「クイズです」とか「解りませんか?ではヒントです」とか言い出すの、本当にキッツいよな……。絶対的立場から相手をいたぶってるだけなのに、本人は「冷静に問いかけてるだけ」のつもりなんだよな……。

これ本当に他山の石として、自分が部下や後輩を注意するシチュエーションでもこれだけは絶対にやらないことと肝に銘じておきたい……。



最近、日本Disの文脈で「○○ができたのは明治時代、つまりせいぜい100年前からで、これは歴史や伝統とは言えない(よって、ありがたがる必要は無い)」みたいなのをやたらと言われるけど、「建国百年未満の国に払う敬意は無い」みたいな言説を許していて良いのだろうかといつも思う。



ディズニーランドの「モンスターズ・インク ライド&ゴーシーク」とか、シーのトイストーリーマニアとか、すっげー人気アトラクションだけどやってることはガンバレットシリーズ程度のシューティングで、なんか微妙だなと思う。下手にゲーム性があると逆にガチのゲームと比較されてしまうので残念感がある。

ただ、トイストーリーマニアの館内のオブジェの山はなかなか見ごたえがあり、待ち時間がさほど苦にならなかった。

ディズニーリゾートで一番好きなアトラクションはインディージョーンズ。レイダース・マーチが流れるだけでめっちゃテンション上がる。



ドラえもんとキテレツ大百科はキャラ構成が似てるようで全然違っていて、(のび太っぽい)キテレツがドラえもんポジションで(ドラえもんっぽい)コロ助がのび太ポジションだし、ブタゴリラは普通に良い奴なんだよな。

ドラえもんがキャラのデフォルメ・ステレオタイプ化が激しいので、キテレツ大百科は割とリアルに寄ってる感じがする。



「餃子に酢コショウ」という食べ方が広まりつつあるが、実際これはなかなか美味くて酢ラー油派の自分もこれに乗り換えつつある。醤油は要らん。


2018年07月15日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

18.06.15 - 28


オリジナル版の隠し要素である2つのボーナスシナリオを収録。ひとつは、ミステリー作家の我孫子武丸氏が、もうひとつはTYPE-MOONが担当する。

428、当時は心底「CANAAN(TYPE-MOON担当ボーナスシナリオ)が本っ当に蛇足だなぁ!!せめて街の青ムシ抄ぐらいのやつにしてくれよ!!」と思ったけど、FGOでTYPE-MOONに数年ハマった今プレイしたら違って感じるだろうか。…いや変わらんか。

428のCANAANのポジションに求められてたのは多分シリアスじゃなくてギャグだし、ネコアルクみたいなノリのやつが欲しかったんだよな。

とりあえず、428未プレイの人はホントやっといた方が良いですよ。あのタマが着ぐるみ脱いだ時の衝撃を是非とも体験して欲しい。

「街」の「花火」にはさすがに全く及ばなかったけど(花火が最高すぎたのだ)、428は428で結構泣けたし「街」の後継作として満足している。



PUBG。

PUBG、撃たれて死ぬのは仕方ないにしても、安全地帯外で死ぬのは本当に情けないし避けたい。完全に自分の立ち回りミスだもんなぁ。


PUBGで「安全地帯の境界を背中にすることで後ろからの奇襲を防げる」というテクニックが攻略サイトとかで紹介されてるけど、実際のところ安全地帯の外から逃げ込んでくるプレイヤー沢山居るし、安全地帯が小さくなる時に自分が動かなきゃならなくなるので普通に詰みませんかこのプレイ。

中盤以降、こういうプレイしてると結局安全地帯からハブられて死ぬことが多い。



色々なことがあった。

「クレーマーに対して参入障壁を儲けるためにオピニオンを有料にしてしまうのが有効」ってのはホントそうで、もうTwitterはまともなオピニオンが生き残れる場所では無くなってるし、言うことにリスクしか無いと思うよオレも。

まとめサイトでもやってPVが即換金できるのでもなければ「多くの人に見られる」というのはリスクしか無い。人は賛同を表明するのには怠惰だけれど、気に入らないものを潰すためなら全力で何でもやるものだから。

そうなったのはいつからかって言うともうネット黎明期からずっとそうなんだけど、単に2chのシステムが(結果的に)よくできていたために長年さほど問題にならなかっただけ。




ガセグルメの問題、美味い不味いの話ではなく、少し前にバラエティで横行していた「芸人が食レポで口に入れた瞬間『うまぁーーーい!!!』と絶叫する(食レポをリアクション芸化する)」みたいなことを周回遅れでネットで素人が始めたみたいな問題だと思ってる。

食レポと称して芸人が口に入れた瞬間に「うまぁーーーい!!」と絶叫するのに対して、視聴者から「さすがにないでしょ…下品すぎるわ…」という反応が出てきて鳴りを潜めたのと同様のことが、ネットのグルメ関係での煽り・盛りコメントに対する「ガセグルメ」の動きだと思って見ている。


「どんなレシピでもレシピに罪は一切無いが、その何でもないレシピにひたすら下品に表現を盛ってハードル上げる人はそりゃ良くないでしょ」と思う。

芸人が食レポと見せかけてただのリアクション芸するのも、ネットで「激ウマ!」「永久に食える!」「麻薬!」「コンビニで売ってる100円スナックがウン万円の高級フランス料理の味に!」とかひたすら煽り文章を激化するのも、端的に言って「食い物で遊ぶな」で終わるべき話。



etc.

ソフトの品質を担保するためにレビューやるとかテストやるとか色々あるわけだけど、現実的には「今すぐどうにかしろ」という時間が無い中で使えない方策を磨くのはほぼ意味が無いような気がする。

時間と気持ちに余裕があれば言われなくてもレビューもテストもしっかりするわけで、問題は「そういう時間が無くてもソフト品質を担保できる方法は無いか」or「そういう時間が無い状況自体を拒否できる方法は無いか」だろう。

まぁ、平時に時間かけてソフト品質上げるとエマージェンシーの機会も減るだろう(無くなるとは言ってない)、というのはそれはそれで正しいだろうけど。

大手だと普通に「どう言われようがこの変更にはテストにこれぐらいの時間が必要で、それをパスしないものは出せません」と言い切るし、本来はそれが正しいと思うけども、なかなかそうもいかない。



自分の評価を他人にゆだねていると「理不尽に評価されない」という時が割とアッサリと理由も無くやってくるので、やはり自分の評価は自分でできるようにならないとダメだなと思う。ダメというか、真面目に命に係わる。

自分の評価を他人に委ねるというのは、端的に言って「他人に依存する」ということだし、自分の承認欲求ぐらい自己満足で満たせないとヤバい。

そういうことを、最近骨身に染みながら思っている。

もう少し具体的に言うと、特定の他人の主観に評価を委ねるのではなくて、情報を集めて世の中の客観的指標を以て自分を評価する、というか。

技術者試験取るとか、まぁそういうのでも良い。



「残業代なんか払うの止めて成果で給与を支払うべきだ」って言ってる人で成果の定義をちゃんとできる方法を示せた人を見たことがないので、そういう方法が出てくるまでこの話は寝かせといて良い。成果で払う気も無い人ばかりが成果主義を言う。

皆、成果なんて「今年、会社がいくら儲かったか」ぐらいしか解らんでしょ。それをどうやって個々の社員の貢献として振り分けるのよ?って、できないでしょ誰も。できないだけならまだしも、やろうとすら思ってないでしょ。それで成果主義言ってんだからどうかしてますって。



ミニ四駆の肉抜きって、結局軽量化目的じゃなくて模型製作の一種みたいな行為として意味がある(それしか意味が無い)よなアレ…。

ミニ四駆の肉抜き、最終的に超薄のクリアボディが発売されて全てが無意味になったような記憶ある。



Kindleで昭和の漫画を色々無料で読めるけど、昭和の漫画なので今ではノリが古すぎて面白くないギャグ漫画が多い。のだけど、「魁!男塾」は普通に今のノリで読んで面白いのでやっぱりこれは怪物なんだと思う。既に1巻で「男塾名物油風呂」やってるし。



「本音で話して」と言われて本当に本音しゃべって良い結果が出たこと、人生で一度も無し。

能動的に自分から本音を主張するのは、また別の話。



「先輩を見てきて、コミュニケーション、特に相手の話を良く聞く大切さを学びました」みたいな台詞って、「先輩が相手の話を良く聞く人だったので、学びました」でも「先輩が相手の話を全く聞かない人だったので、反面教師にしました」でも同じ言葉を使えるので、いい表現だなとふと思った。

つまるところ、こういう表現を学んでいくのが「(悪い)大人になること」という気がする。



休日いくらでも作ったところで休めない状況だったら休日出勤するのだから、元号が変わるほどのイベントがあるときぐらいはいくらでも休日作ったら良くねぇかと思う。



ドグラ・マグラ読んでいて(読んでて本当にしんどいんだが半分以上読み進めてしまったし、もう引くに引けない)、「通夜で複数で寝ずの番をやるのは、一人で遺体に付き添って夢遊病的に無意識で遺体を動かして『動いた!生き返った!』などと騒いだりしないようにするため」という話を見て、膝を打った。なるほどな。


2018年06月30日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

18.06.01 - 14

新潟県知事選。

新潟県知事選で当確出たということで色々溜まってたこと吐き出そうかと思ったけど、花角氏が当選したので特に言うこと無い。

「米山知事がそもそも前回の選挙で野党共闘の結果生まれた知事だった(のに不祥事があり今回の選挙に至った)」
「県知事選挙で野党が安倍内閣の是非を争点にした」
今回の選挙結果の要因、この2点に尽きると思う。

野党陣営が(反アベではなく)新潟県政を争点にしてたら普通に池田氏勝ってたんじゃないかなぁと思うよ今回。



土山しげる先生逝去。


「ミスター麻雀」小島先生逝去の報の翌日に土山しげる先生とか、ちょっと訃報が多すぎないですか…。

極道めしの「逃亡生活の末、実家に戻ってきたらおふくろが何も言わずにメシ作ってくれて、警察が捕まえに来ても『まだ食べてるでしょうが!』と一喝して食い終わるのを待たせた」話、本当に好きなんすよ…。号泣しますよ…。


「極道めし」を端的に言うと、この泣きの感情の色んなパターンを描き切った漫画、だと思う。

最初の袋ラーメンの話なんか完全にこれなんだよな…。



PUBGモバイル。

モバイル版で初めてPUBGやってみた。なるほど面白い。

しかし、まぁ、なるほど、ゲーミングヘッドセットが売れるわけだ。


始めて三日、とりあえず飛行機からは街に降りて武器かき集めて、安全地帯の中央目指して逃げ回って、最終的に物陰から寄ってくる人々を狙い打てば何とかなるというスタイルだけ学んだ。手りゅう弾は未だ投げたこと無し。

「パラシュートで着地直後、丸腰のままバールのようなものを持った男に追い回された挙げ句に殺される」という稀有な体験ができる。

PUBGは負けても楽しいので本当に良いゲーム。



etc.

「注文の多い料理店」で「髪をけずる」という表現があって、昔から何となく「髪型を整った形に切る」みたいなイメージがして好きな言葉だったのだけど、今調べたら「髪をとかすことを東北弁でけずると言う」ことらしく、何十年も誤解していたと知る。

まぁ、確かによくよく考えて見れば料理店の店先で指示があってもいきなり自分で自分の髪は切らんだろ、とは思うけども。



「キミぃ!○○したまえよ!」みたいな言葉使いは漫画の中くらいでしか見ないのだけど、Twitterだとたまに素でこの口調で他人にリプライする人が居るので世の中広いと思う。



「一日たった1杯のコーヒーを我慢するだけで!」「一日たった5分○○をするだけで!」みたいなのたくさんあるけど、人間は一日に喫茶店で何杯もコーヒー飲まないし、生活に何も関係しない5分のことを新しくやるには実質的に1時間ぐらいの余裕が必要だと思う。

「1回数分のラジオ体操を第一と第二、毎日5回程度やるだけで必要な運動量は満たせる!」とか、そりゃ結局1時間ぐらいガッツリ運動してんだからそりゃ足りるだろうよ、みたいな。



またケンミンショーに取り上げられてバスセンターのカレーがまた行列になるのか。何度も言ってるけどマジで美味いぞあれは。

前回ケンミンショーとアメトーークで取り上げられたときはしばらく軽く引く行列できた。

バスセンターのカレー、「コレを食うために新幹線で新潟来ても良いレベル(グルメサイトがいかにも書きそうな煽りフレーズ)」とは言わないけど、新潟に来たらついでに多少の手間かけて寄り道しても食う価値はある。



サスペンスでは民自党議員が出てきたら超高確率で犯人だし、新聞は毎朝新聞だし、病院は帝都大か東都大の附属。



カップラーメンは塩分量多いという(実際多い)けれど、最近「美味いけど気付いたら採り過ぎてる」というより、普通に食ってしょっぱい商品多い気がする。ダシの薄さをしょっぱさでごまかしてない?みたいな。

カップヌードルナイスみたいな健康路線は本当にありがたいんだけど、販売が続かないんだよな…。



ドラクエライバルズはアンインストールしました。さすがに時間がもったいなさすぎた。

多少なりとも敗因分析できてデッキ改善して勝率上がるなら良かったのだけど、やればやるほど運だけで負けてストレス溜まるんで、もはや続けるべきではないと思った。というかプレイングに選択肢が無さ過ぎて、「ただマッチングして手なりでプレイして何もできずに負ける」を繰り返しすぎる。

2018年06月24日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

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