2013.09.11 - 23


ATARU観た。ドラマでのお約束はとりあえず全部詰め込めるだけ詰め込んだという感じ。カレースープ(どん兵衛カレー)、コロッケ、交通案内の犬飼。犬飼は嫌いじゃないんだが今回の「無理やり見せ場入れました」感が凄かった。

劇中でコロコロコロッケパン食いすぎだし、「これセブンで売れば良いのに」はさすがにどうかと思った。ネタなのは解るけどさ。

「小ネタの山」として眺める分にはまぁ面白い。ストーリーはちょっとあまりにも酷い。事件解決もののはずなのに、個々のシーンがどれもバラバラで、全て唐突に切り替わって進む感じ。

破壊屋の少林少女のレビューで「究極のバカが脚本を書くと、登場人物も観客も情報を知らないまま話が進む」というのがあるが、ATARUはかなりコレに近い。特にラストのアメリカに飛ぶとことかな。

脚本書いた人に「お前ら観客は何のことだか解らねーだろうが、ATARUとマドカは天才同士だから全部解ってんだよ、解れよ」と言われてる気がした。

あと、ドラマでも栗山千明の演技は凄く漫画っぽいと思ってたが、劇場版ではそれがさらに大げさになっててちょっとウザかった。色んなことが過剰だった。


この人とほとんど同じ感想。

ATARU 映画 感想 ネタバレ
渥見 怜志(田中哲司)警視庁鑑識課・科捜研連絡係。
が異常に凄すぎ。この人の説明で全て解決する感じ。
アタルよりすごいんじゃない?と思える、知識、仕事内容。

これは本当にそうだったw 「なのねー」で全部一人で勝手に解明して勝手に説明し尽くしてたw


etc.

車高下げまくった車がちょっとした段差でガツガツぶつけるの、馬鹿馬鹿しい光景としてこの世の上位に入る。オメーは車が好きなのか嫌いなのか。

ダイイングメッセージで水星が示されていた→だからといって犯人に「水」の名前が入った人を選ぶのは素人→水星といえばギリシャ神話のヘルメスだがヘルメスは関係ない→だがギリシャ神話が関わっているのは間違い無い→ギリシャを漢字で書くと「希」なので犯人は名前に「希」が入った人だ

…っていう、ひっでぇ答えの謎解きクイズを嫁の実家のトイレで見た。ギリシャ神話どこから出てきた。

カバンに魚肉ソーセージ入れっぱなしにしたの忘れて賞味期限過ぎるとか、ランドセルにパン入れてカビさせる小学生かよと我ながら思う。

「人が死なないと改善されない日本社会」とよく言うが、人が死にまくっても規制されないアメリカの銃社会も大概だな…。

一度バタリアンで「ゾンビ=かなり動く」の設定がメジャーになって、バイオハザードで「やっぱりゾンビはこうだよなー」になり、さらにその後ドーンオブザデッドで「ゾンビ走ってる!すげえ!www」になる、この同じところをグルグル回ってる感じ。

「お前は悪で常に間違い、オレは正義で常に正しい」みたいな人から学べる事は無いし、学べたと感じる事があったとしても、立場が逆になっただけでそれを当人が否定する。

新幹線とか高速道路とかで、「ストロー効果」と「まだ通勤圏内で居られるので人口流出を留められる効果」と、どっちが大きいのかって検証されてんのかな。
ストロー効果を恐れて交通の便を悪いままにしたら、結局行く先は限界集落化しか無いんじゃね。

吉野家に大挙して普通に牛丼食うだけのオフとか、フジテレビの先回りしてゴミ拾いしてたとか、そういうので盛り上がってた状況って掛け値無しに「古き良き」と言えると思う。
ネットは大きくなってどうなったかって、単に怪しい人がワンチャン狙って寄ってきて事態を悪化させるための何かになったとしか思えん。

2013年09月24日 Twitterまとめ(映画含) トラックバック:0 コメント:0

オブジェクト指向

ああそうか、オブジェクト指向の説明で「動物の中に犬と猫があってー」みたいな話のダメダメ感は、「具体を抽象にしたものを、説明のためにわざわざ具体に戻す」ということをしてるからか。

連綿と続いている「オブジェクト指向というのは動物の中に犬と猫があってー」という説明でオブジェクト指向を理解できた人は本当に居るんだろうか。


たとえ話の難しさといえば昔CAD講師のおねいさんが「ディレクトリというのは引き出しだと思ってください」と云った次の瞬間「なんで引き出しの中に引き出しがいくつも入ってるんだ、おかしいじゃねえか」と云ったおっさんを思い出す。

圧倒的にそのおっさんが正しい。

ある事象を別の事象で例えようにも結局別の事象なので例えきれないんだよな。その事象を例えずにちゃんと説明した方が話が早かったりする。


カプセル化について「なんでカプセル化が必要なのか」ってのは実際に色々なスパゲッティに触れてみないと解らんと思うし、そういう感じで「例え抜きで理解できないのならそもそもそれを理解するに足るレベルになってない」みたいなのはあると思う。

経験上、プログラミングの上達って「痛くなければ覚えませぬ」みたいなところがあって、実際に「もうこんなコードは見たくねえええええええぇぇぇ・・・!!!!」みたいな思いしないとダメなところがある。

2013年09月17日 シゴト・ジツ トラックバック:0 コメント:0

Excel方眼紙

「図・表を描きたいのだけど、重いし全員が導入しているわけでもないVisioを使うほどではなく、Wordで書くにはドロー機能が死にすぎてる」って場合、Excel方眼紙しかベターな方法無いんじゃないかという気がする、というか実際そういう場面に最近出くわした。

悪名高いExcel方眼紙を実際に採用するかどうかをかなり悩みながら仕事した。


Visioは使い始めた頃は良かったんだが、使ってるうちに「帯に短したすきに長し」になってきた。回路図描くにしてもモデル図描くにしても、それぞれ他に良いソフトがあるからそっち使おうという流れになってる。

VisioにWoid・Excelのオートシェイプに相当する図形セットが無いから、必ずしも「Visioなら同程度のものが簡単に描ける」というわけでもない。それが何より厄介。


Excel方眼紙批判のほとんどは「印刷で狂う」「保守しにくい」の2点なので、逆に言えばこれがクリアされてる使い方ならOKなのでは。

あと「チェックシートを始めとした、表計算しない表」をExcelで作るのも全てアウトになるっぽいけど、そういうものだろうか。チェックシートををExcelで作ってるところなんて山ほどありそうだけれど。


MC)まとめこむ:Excelを方眼用紙にして使うぐらいならWord覚えろよwww
色々考えると、元凶はExcel方眼紙ではなくてWordの使いにくさ・不安定さだというのが見えてくる。



何だかんだで一旦Excel方眼紙で作った図をVisioで書き直し、Visioの方を残す事にしたが、どうも釈然としない。「Excelを使うケース」の線引きがもっと明確にあれば良いのかもしれない。

2013年09月12日 シゴト・ジツ トラックバック:0 コメント:0

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