2015.08.11 - 28

戦後70年の節目。

戦後70年の特番見てると色んな人が「戦争はある日突然起こったのではない、じわじわと戦争を容認する空気が広がって起こったんだ(だからとにかく今は安倍政権打倒だ!!)」という話をしてんだけど、そうやってマスコミが国民に思考停止を強いてきたから戦争が起こったんちゃうの。

日本の戦争に対する反省って、70年経っても「国外向けには総懺悔、国内向けには天皇と一部の政治家が悪かった」で、結論としては「とにかく自民党叩いとけば良いんだよ!」しかないので、「そりゃまたそのうち戦争は起こるんだろうなこんな状態じゃ」としか思えず。


「どうやったら太平洋戦争は避けられたのか」って話を突き詰めていくと「どうやったら源平合戦は避けられたのか」「どうやったらゲルマン民族の大移動は避けられたのか」みたいな話と同じように「歴史の流れや人類の進化の過程として避けられなかった」みたいな話になるのではと思ったりする。

「戦争以外で紛争を解決できる手段」というのもそれなりに人類が進化しないと手に入らないもので、そこらへん考慮しないと「何で古代の人は火をつけるのにあんなに苦労してんの?ライター使えば一発じゃん」みたいな話になりそうで。

「特攻隊を出したり、原爆を落とされたりしないための、太平洋戦争における日本の引き際はどこだったか」ぐらいに話を絞れるならまだしも。

例えば、アメリカだって独立戦争やらなきゃ国が無かったわけで、どうやったら「独立戦争やらずに済んだか」とか誰も考えないし、日本も「どうやったら戦国時代を避けられたか」なんて誰も考えない。戦争でたくさん死んでいることには変わらんはずなのに。

もっと言えば日清・日露戦争だって「あの戦争を避けるためには」どころか「あの戦争は避けられるなら避けるべきだった」すら誰も言わない。

第一次世界大戦までの戦争はなぜか「歴史の必然」みたいに扱われて、第二次世界大戦だけが「どうやったら避けられたか」という話がされるの、よくよく考えたらおかしくねーかと。

でも「第二次世界大戦はどうやったら避けられたか?」を考えたら「第一次世界大戦での賠償」の話は避けられんわけでしょう。


物凄く大雑把な話なら「国民が戦争を嫌だと思いながら、適切な情報を受け取って適切に判断していれば戦争は避けられるというかそれがまず始めの一歩なんじゃね?」と思うけど、マスコミがずっとファクトよりオピニオンを重視して報道しない自由謳歌してるとその一歩すら踏めてないよねと。



16000円のカツサンド食ってる人に脱成長論とか言われてもな。

定期的に、というにはあまりにハイペースでほぼ常時脱成長論が出てくる。

「もう日本は成長しないんだ諦めろ」言ってる人がことごとく既得権握って豊かさを謳歌してるこの状況は、本っ当になんなんだろうな。


「日本は成長しないんだこれからは撤退戦を闘うんだ」と言うなら、福祉のリソース削られたぐらいでグタグダ言わないで欲しい。

「年金が半分になろうが医療負担が5割になろうが受け入れます、それが撤退戦を闘うということです」ぐらい言ってくれないと。

脱成長論者の言う撤退戦って、結局若者に苦しさ全部丸投げする事じゃないですか。旧日本軍が特攻隊やったのと何も違わない。


この手の脱成長論者は必ず「日本はこれから貧乏になるしもうダメだ、お前ら諦めろ、でもオレだけは今までと変わらずこれからも豊かに暮らして行くからな」って思ってる。どんだけ自己肯定感に満ち溢れるとそんな都合の良い思考になるのか教えて欲しい。


電気代上がるぐらいで騒ぐくせに脱成長だの言うんじゃないってんですよ。「もう日本は豊かではない」とか本気で言ってるのなら電気代が上がるのだって当然なんだから粛々と受け入れてろっていう。

電気を安く使えるのが、脱成長論者がずっと「諦めろ」と言ってる「豊かさ」の代表的なものだろうに。諦めろというのなら率先して諦めて見せて欲しい。


それこそ福島原発事故以前の反原発運動が「(オレはもう十分に電気を使っているから)これ以上の電気は要らない!!」と叫んでいたのと全く同じ話を、声だけ大きくしたのが脱成長論ですよ。お前のためだけに電気作ってるんじゃないんだということすら解らない、自己中心を極めた人の話。



脱成長の話ついでになー、先週金曜にぴったんこカンカン見とったわけですよ。瀬戸内寂聴氏が出てたわけですよ。んで、16000円のカツサンド食って自宅に設えたバーで高い酒飲んでるんですよ。そんな人に脱成長説かれてるかと思うと、本当に悔しいやら情けないやらでな。

いやもう「そらあなた方には経済成長は要らんのでしょうなぁ」以外に何言えと。


日本の首相が3000円のカツカレー食って全力のバッシング食らう一方、脱成長を主張する知識人が16000円のカツサンド食って微笑ましいで済むのは、やっぱり狂ってないですか。



本当に、脱成長ってのは「回転寿司で川上のデブが流れてきた皿全部食って『もう皆お腹いっぱいだからスシはこれ以上要らないよ!!流すな!!』と言ってる、他の人全然食ってない」みたいな話なんだよなぁ。

忍殺の「スシを食べすぎるな」の批評性の高さな。



少子化。

少子化の原因は「企業が無駄に大卒を採ることによる、(親の)育児費用の増大と(子供の)就職年齢の増加」と、「共働きが当たり前という風潮を当然のものとしたことによる、労働市場飽和による個々の所得の減少と、育児する人手の減少」なのだから、そこどうにかするしかないだろとしか。

でも「理想に向かってディストピアにする」を選択した結果今があるのだから、もうどうしようもなくねぇ?

今から「少子高齢化を解決するために男女平等的価値観を否定していきます」ってわけにもいかんでしょう。


終身雇用の崩壊は少子化のかなり大きな要因だよなー。

バブル崩壊→経済成長しない→成果主義(という名目のコストカット)導入・終身雇用崩壊→終身雇用的価値観に基づく人生設計の崩壊→適正年齢で子供作れない→少子化……この上なく解りやすい話だと思うんだが。


少子化の話って「何も解らないし良く考えたことも無いけど、とりあえず政治に文句言っとけ」がポリティカルコレクト的に正解なんでどうしようもないなと思う。

「少子化を解決するために施策を打つべき」も「少子化解決のためにできる施策は全て先進的人権的価値観から外れるので少子化対策はすべきではない」も主張として聞けるけど、「少子化は解決しろ、しかし政治が施策を打つのはポリティカルコレクト的にアウトなので非難する」は意味解らんしコレが一番多い。

「少子化解決したければ私にリソースを寄越せ」も解るけど、まぁ基本的にポジショントークの域ですねと。

オレとしては「もう少子化対策のためにオレら30代にリソース割いても仕方ないんで、せめて20代が子供産めるように考えてやってくれ」と思うけど、メディアはたまに「40代は子供を産める最後のチャンス!少子化対策はまず40代に手当てを!!」とか言ってて「ふざけんなバカ」と思う。子供が成人迎える前に定年迎えてしまうような層を大量生産してどうすんだ。


「社会状況が変わって高度経済成長期のような子育てはできなくなったのなら、もう子育てを親がする前提も捨てちゃって国の子供として国が育てるようにすべきでは」というのも自分のTLでは定番の意見だけれど、世の中的には「ラジカルすぎて議論対象外です」となるのよな。

「社会情勢が変わったのでそれに合わせなければ!」って言ってるのがラジカルな意見を却下してどうすんだっていう。

オレはどちらかといえば保守なので「まず上手く行ってたとされる高度経済成長期の頃に社会情勢を戻すには」を考えるし、それがダメならラジカルな対処考えるより他に無いでしょと思ってる。



etc.

テレビはインターフェースがトロいのがどうにかならんのかと思う。機能を山ほど詰め込むくせに、それを操作するためのCPUパワーケチるからイライラして結局使われないっていう。

「番組表」ボタン押してから実際に番組表が表示されるまで数秒かかったり、カーソルキー押しても反応するまでに1~2秒のラグがあったり、ああいうのは製品全体のデザインが出来てないんだろうなと思う。どうせ営業からカタログスペック重視の要求来たりしてんだろ。可哀想に。



「多数決で強引に決めるのは民主主義ではない」というのはその通りなんだけど、「少数派が議論しようともせず暴力的示威活動で主張を通す」はもっと民主主義じゃないっすよ。



中国発の世界的な株暴落、News23は「株価が上がっても庶民に関係ないが、株価が下がったら庶民に迷惑」という謎の意見で締めてて流石だなと思った。



Android版のグルーヴコースターとjubeatがあったからやってみたが、jubeatは正直スマホでやるゲームじゃないと思った。小さすぎて押せない。

2015年08月29日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

2015.08.01 - 10

公共交通機関。


難しい話なんだよなぁコレ。

根本的に「路線バスではペイできないぐらい乗客が少ないので路線バス廃止してデマンドにしよう」という流れなので、誰もデマンドをやりたくてやってないと思う。

んで、「デマンドにしてみたら意外と利用者が多くて補助金がかさむ」というのはバランスの問題であって「かさむけど、それでも定期運行の路線バスに出す補助金より少ないのかどうか」という議論だと思う。

結果「路線バスの方が安い」というのであれば、それは「デマンド始める前の路線バスの需要掘り起こしが甘かった」という話なんだろう。


三条はついこないだ仕事で移動するためにバス路線調べたけど、確かに不便だなと思った。この辺は「公共交通が不便だから皆車で移動する」と「皆車で移動するから公共交通が細る」が鶏と卵の関係なんだろうけど。

新潟市は何だかんだでバスは相当便利よ。使いこなすとどこでもいける感じがする。使いこなすのに路線知識が要るけど。ただし電車は市内の移動にはクソの役にも立たない。あくまでも市外長距離への移動手段。この辺東京都は全然感覚が違う。

三条も市なんだからそれぐらいバスが便利でもええやろとは思った。ただ、あそこは丁度新潟交通と越後交通の間にあるとか、そういう難しさもあるんだろな。


公共交通が充実しないと車依存の止めようが無いし、かといって公共交通充実させても車から公共交通に乗り換える(事業としてペイできる)ようになるには10年20年のスパンが必要だろうし、それまでは補助金も必要になるだろうし、難しいわなぁ。



「公式に観測された気温がまず実態と違う」というのと「平均値よりも偏差の大きさの方が問題」があると思うのよな。去年の「暑さ日本一 四万十vs熊谷」でも「あいつの方がコンクリ敷きの近くで測っててずるい!」みたいなのあったし。

「観測場所の近くにコンクリがあってずるい!そんなところが気温高くなるのは当たり前だ!」という話はおかしくて、むしろ「コンクリの気温変化に左右されない場所を観測場所に選んでいるのがおかしく、人が多く生活している場所を観測場所とすべきなのでは」と思う。

とはいえ、そんなことしたら継続的データとしての信頼が無くなるから、追加情報として観測地点を増やすとか。


etc.

熱中症予防のための適正な塩分摂取を、常時塩分過多な日本で知る・教えるのはハンパなく大変だと思う。実際オレも全然解らねぇ。



反原発にしろ反戦にしろ、典型的な「先生から褒められる優等生的意見・イデオロギー」なのに、なぜかそれを叫ぶことがロックでありアウトローでありカッコいいみたいな価値観になってるのが、物凄くねじれてるなぁと思う。

「権力を持っているとされているもの」と「実際に権力を持っているもの」が違うんだよなぁ…。



「アーティストなら政治批判を作品で表現しろよ」ってのは、それで本当に薄っぺらな自民党批判のJ-POPが溢れる世の中とか嫌過ぎるので賛同できない。年がら年中「ずっと嘘だったんだぜぇ~♪」みたいなのが流れる世の中なんか耐えられん。

政治の話は政治の話として、音楽じゃなくてキッチリ言論で戦ってくれとしか。



森元首相、言ってることはメチャクチャだし迷惑ですらあるんだけど、面白いから卑怯だな。

政治のど真ん中に居るのに、叩かれる発言がイデオロギー色が無くて面白いってのが既に稀有で凄いことだなと思う。

言ってる人の立場とタイミングが致命的にクッソ悪いだけで、修正案を「生牡蠣」と表現する上手さは並大抵じゃないんだよな。



ガリガリ君スイカ味、何度食べても「これ、やっぱりイチゴカキ氷だ…」と思う。



ジャーナリストを自称する人は今でこそ「政権を討ってこそジャーナリズムだ!」みたいな勇ましいことばっか言ってるけど、ほんの数年前は政権交代を寿いでハネムーン期間だ何だと言い訳付けて民主党政権甘やかしまくったのは一生忘れんからな。



原爆投下日。開戦当初の「鬼畜米英」というスローガンが終戦間際の原爆投下によってぐうの音も出ないレベルで顕現してるのは、凄い皮肉だなぁと思う。

2015年08月15日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

2015.07.22 - 31

時間切れ廃案。

「野党が安保法案に噛み付き続けたから残業代ゼロ法案が廃案になったんだ感謝しろ」と言いますが、野党が狙ってそういう事やってたら事後に確実に「狙ってやってやったぜ」と自画自賛しまくっており、そういう話が無いという事は偶然の産物に過ぎず感謝も評価もしません。

今回は「あ、そういやこんなんもありました。そんなことよりとにかく安保反対安倍政権打倒!」みたいな感じだもの。

与野党全員が「安保法案に比べたらこんなんどうでもいいわ」思ってたってだけの話でしょ。

そりゃ「残業代ゼロ法案潰すために安保法案反対ダシに使いました」って話だったらオレだって「スゲェな!!」って思うよ。でも全然そんな話じゃねーじゃん。

共産党は実際にそういうのを狙ってやって実現してる(潰してる)実績があるからなおさらそう思うわけ。



実例。2013年に生活保護法の改正案に対して「0増5減」の区割り決定法案で問責決議案出して、時間切れで廃案に追い込んだ。
https://twitter.com/koike_akira/status/349740423079657473
https://twitter.com/a_mitunaga/status/349742223753097216

個人的にはこれは評価してる。共産党は良い仕事したと思ってる。だからこそ、今回のは単なる偶然の副産物だろと。

2013年の生活保護法改正案の廃案追い込み、「なかなか面白いもんが見れた」って感じだったので覚えてる。



このツイートが象徴的だけど、要するに「さんまの車を破壊するのが面白い」であって「車を破壊するのが面白い」ではないわけですよ。

「さんまの車を破壊するのが面白い」ってのは言い換えると「車を破壊されているさんまのリアクションが面白い」であって、この「さんま」を「面白くない若手芸人」に入れ替えたら面白くないの当たり前じゃん。面白いのは車じゃない。

FNS27時間テレビで車破壊するのは「20年前のBIG3による車破壊の伝説を、フジテレビが忘れられないから」なんだけど、肝心の「車破壊は何故面白かったか」をフジテレビ自身が全然解ってない(解っていても妥協の産物としてしか実行できない)のが最大の問題。

車破壊が面白かったのはBIG3という大御所の信頼関係があったからだし、だから視聴者も「天上界の神々の遊び」として笑えたわけで、それを下界の若手芸人がやったら引くのは当たり前。


etc.

「ほら、やっぱり安倍政権は史上最低の政権だったろう?」と言われても「いや最低具合では民主党政権の3つの足元にも及びませんよ」としか言いようが無いのでドヤ顔されても困る。



夫婦別姓は「夫婦同姓にするか別姓にするかで揉めるリスク」を全員に負わせる事は確実なんだから「他人が別姓にできたところでお前に関係無いだろ自由を認めろ」という主張は物凄く無責任でしょうね。

「それでかなり救われる人が居るんです、平等に負担を負ってください」という話をするのが誠実ってもんです。

選択肢が増えるってことは誰かがリソース払って調整・決定してるってことです。そのリソースを払った事が無い人に限って「選択肢はあればあるほど良いに決まってるだろ」と言う。



ウィキペディアの「今日、読者の皆様が¥700ご援助下されば、寄付の募集は一時間で終了です。」を見ると、どうしても「そんなん小学生の『日本人全員が1円ずつくれたら大金持ちなのになー』とほとんど一緒やんけ…」と思ってしまう。



「ウナギは朱鷺と同じレベル」とかそうやって話を過度に大げさにするから「だったらスーパーにあんなに大量に並んでるわけねーじゃんwww」としか思われなくて誰も真面目に考えないっていう。

スーパーに並んでるウナギは食おうが食うまいが死んでるわけで、「消費者が賢く買わなければウナギは守れる」みたいな言説は全然信じてない。国が規制する以外に無い。

「消費者が買わなければスーパーも仕入れないはずだ」って言うけど、スーパーでも牛丼屋でも100円寿司でも、は季節モノでは「売れるものを仕入れる」というより「仕入れたものを広告で強力プッシュして売る」という行動原理取ってるはずなので。



家のPC環境がついにワイドモニタになった。占有してる場所の広さは変わらないのに画面がでけぇ。

ピボット機能付いたので縦画像が超でっかく表示できるのすごい。

IPSパネルの視野角本当に凄い。



橋本環奈が若い頃の安達祐実にそっくりだと見るたびに思う。



ビフォーアフターは毎回「まず引っ越そうぜ…」と思う。10坪も無い狭小住宅を2000万でリフォームとか、さぁ。

ビフォーアフターって、要するに「住居建築技術の新旧を見比べる番組」よなー。



最近は国立競技場の白紙撤回は安保法とセットで語られるのが普通になってしまったからイデオロギー的な見られ方しがちだけど、国立競技場はあれは単体の問題としてリセットが妥当だったと思いますよ。

最初から出せる予算がちゃんとあって、その予算内に収まるのなら2000億だろうが3000億だろうが良いけれど、「財布に1300億入れて買い物行かせたら3000億のものを返せる当ての無いローン組んで買ってきた」という状態なので、批判されない方がおかしいと思う。

2015年08月04日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

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