2017.05.06 - 16

「無限の住人」、前回感想の続き。

「木村拓哉主演の三池崇史監督作品「無限の住人」がチャンバラ好きなら大満足の出来過ぎて大絶賛の嵐」
「実写版無限の住人、否定的感想中心まとめ」
肯定的感想まとめと否定的感想まとめ、結局言ってることは「キムタクは良かったが脚本があまりにもクソすぎた」に集約されるので、とても納得している。


無限の住人については、繰り返しになるけど、Twitter検索すると「キムタク最高!」みたいなキムタクファンのツイートしか出てこない(つまり、話の中身については語られていない)というのが全てだと思う。

良くも悪くも、とてもキムタクがかっこいい(だけの)映画だった。

主演がキムタクでなければ1週間も持たずに忘れ去られた映画だったと思う。


逆に「(どこで言われたDisなのか知らんが)キムタクは何やってもキムタク」とは全く思わなかった。これだけ万次がちゃんとやれていて「キムタクだ」と言われても「そりゃキムタクですから」としか言いようがない。

万次が凜に対して「待てよ!」と言う場面が数回あるのだが、脚本がどうもキムタクに「ちょ、待てよ!」と言わせたがってるのに対して、キムタクが意図的にそうは言わずに万次に徹してかわす、みたいなのを感じた。

ので、「キムタクは何やってもキムタク」とは逆にこの作品では思わなかった。

HEROと無限の住人見て「キムタクは何やっても同じ」と思ったら、さすがにどうかと思うよ。


万次の「不老不死だけど最強無敵というわけではなく斬られまくるし斬られたらキッチリ痛い」というキャラがちゃんと忠実に終始一貫して演じられており、そこはとても好感持てた。キムタクがちゃんと原作読み込んで演技したんだろうなぁと思う。

逆にそれで「万次、不死身だけど弱すぎw」みたいなDisが見られるが、要するに脚本が説明不足すぎるのだ。



ゲームの課金について少し盛り上がっていた。

マリオランがたった1200円でフルボッコの憂き目にあうんだから、そりゃ皆ガチャで稼ごうとするわなぁ、ってのは思う。

ガチャ課金の是非の前に、買い切りで要求される額を払えるゲーマーが絶滅したというのが先。

なので、「ゲーマーに金を請求するのを諦めて、払える人に払えるだけ払ってもらうことにした」というのがガチャ課金方式。よって「ガチャ課金の是非」の前に「ガチャ課金以外にビジネスモデルが残ってない」という話があるべき。

ソシャゲーのガチャは基本的には「新しいキャラが引ける」というものばかりで、育成にはやっぱり時間がかかるので「お金で時間を買う」という表現は当たらないと思う。「金で育成時間を買う」って話が当てはまるの、ソシャゲーじゃなくてMMOじゃないですかね。

あと「スタミナを金で買ってイベント走る(=スタミナ回復時間を金で買う)」というのもあったけれど、今はむしろスタミナ回復アイテムは潤沢に配っていたり、下手するとクエストやるのにスタミナ消費無し、まである。少なくとも黒猫ウィズとFGOでは、そう。

ガチャ課金のソシャゲーは本当にガチャを引くことにのみ金を払って、他の要素には金払いたくても払えない、みたいな感じ。

ガチャゲーの年齢制限に関しては「既にGooglePlay側で実装されてるのでどうぞお使いください」で終わってしまう。知られて無さ過ぎる感はあるけども。

ガチャ1回の値段が高すぎる件については、オレもそう思う。もう少し薄く広くにバランス取っても良いと思う。



基本無課金勢だからってのもあるけど、昔から今に至るまで「金を払うことで時間を買える」みたいなゲームは実際のところちょっと記憶に無いんだよなぁ。

「金でパワーアップできるので育成する時間をカットできる=時間を買う」という理屈は解るんだけど、その理屈が実際にどのゲームで実装されていたか、というところがピンと来ない。

DMMのアクメテエロス(エロゲ)なんかは「イベントではひたすらスタミナ回復アイテムを買って稼ぐ」という感じだったけど、こういうのは完全に「札束での殴り合い」だし、札束で殴る(=イベント走る)のも時間かかるので「時間を買う」どころかむしろ時間がかかっている。

「課金で時間を買う」と言っても「ゲームのプレイ時間を買う」と「無駄なプレイを省くことで自分がゲーム以外に使える時間を買う」の2通りある。

アクメテエロスみたいな数百人(下手すりゃ数十人)しか居ないようなゲームで札束で殴るのに参加してる人は凄すぎたと思うけど、参加人数の多いゲームで死ぬ額積むよりは人の少ないゲームでそこそこの金額で承認欲求満たせた方が得なんだろうか。

イベント賞品のエロシーンが結果的に1つ数十万円ぐらいだったのではないかなぁ。時間までは奪わない分、ガチャの方がまだ良心的な気がしないでもない。



etc.

映画って、ハンパに小奇麗にまとめられて全く印象に残らない佳作よりは、クソ方向に吹っ切れてもらった方が「話題賃」として映画代の元取れた気がしますね。



「漁獲制限しろと気軽に言うのは良いけど、その場合に誰がどうやって漁師の生活を保障するの?」とはオレもずっと言ってる。

安倍政権で漁獲制限したら、野党は確実に漁師の生活と食生活を人質に取って安倍政権を叩き始めるからね。そのときに国民が政権のケツ持って支えてやらなきゃならんよ。でもそうはならないでしょ。だから漁獲制限は「世論によって」無理だと思ってる。



感情優先で公共事業無駄だと叩き潰してみたら代替になる再分配システムも無くて「再分配がー」言ってるわな。馬鹿馬鹿しい。

再分配がーとか言う前に「公共事業は無駄じゃありませんでしたごめんなさい」言う方が先だろう。

公共事業は「雇用を作ること」自体が主目的であって「何を作るか」は副産物、ぐらいの理解で良いと思う。その副産物が無駄に見えたからと言って主目的ごと潰すんだからアホやなぁと。



FGOが、というよりスマホ全般が異様に重くなってて、とりあえずFGOを軽くする方法調べたら「Androidのキャッシュをクリアしろ」とあり、やってみたら劇的に軽くなった。キャッシュが1.5Gもあったぜどうなってんだ。



「国の借金を国民の頭数で割ると、一人当たりの借金はこんなに!」という煽りに対して「おたくの会社の借金を社員数で頭割りすると、おたくの社員一人当たりの借金は1億ですが何か」というのは良い返しだな。


2017年05月20日 Twitterまとめ(映画含) トラックバック:0 コメント:0

2017.04.26 - 05.05

無限の住人見た。

無限の住人見てくる。



終わった。



あーーー…。良かったとこから残そう。キムタクの万次は、良かった。思いのほか違和感無かった。かなり上手いことムサいオッサンやれてた。

役者は皆頑張ってた。市川海老蔵は本当にいい仕事した。キムタクと海老蔵の部分がこの映画の一番の見どころ。

良かったとこ、終わり。



悪かったところ。槇絵姐さんの扱いが許せん。バックストーリーが1つも語られないので、よく解らん雑魚みたいになっとる。

無限の住人、話の数割は槇絵姐さんが主役回みたいなもんだぞ。それを尺足りないから全部カットするぐらいなら、最初から存在を全て無かったことにしてくれ。酷すぎる。

バキで例えたら、「渋川剛気を出したものの、鎬をボコるシーンとジャックにボコられるシーンだけ繋げたモノを見せられた、回想シーンや護身完成は全部カット」みたいなもんだからな。

天津に「次はアイツを使う」とか言われて万次にけしかけられる槇絵姐さんなんか見たくなかった…。どんな雑魚キャラなんだよ。本来は天津から畏怖される原作最強キャラだというのに。

脚本全体に関しては最初から期待してない(映画一回で収まる話じゃない)から仕方ないとしか思えないが、それでもお世辞にも良いとは言えない。グダグダ。

吐鉤群の小物っぷりも、もう少しどうにかなりませんでしたかコレ。本来のラスボスなのに、これじゃ英(はなぶさ)じゃん。



木村拓哉『無限の住人』、6位初登場で惨敗! 「興収ヤバすぎ」と映画ファン呆れる声
『原作をぶつ切りした感が……もう少し流れのあるストーリーにしてほしかった。多勢戦は長いだけで飽きる』

本当にこの通りだったな。

無限の住人って、「凜の敵討ち」という本線はあるものの、実際のところは連載20年続いた群像劇なわけで、その群像劇を2時間半の映画にするからにはキッチリ取捨選択してストーリー作らなきゃいけないと思うんだけど、それが全然できてなかった。

槇絵はその最たる例で、群像劇の主人公の一人として出せないのなら逆に一切出すべきではなかった。バックストーリーの無い最強剣士とか、ありえんでしょ。

天津影久は良かった。キムタクの万次と福士蒼汰の天津と海老蔵の永空でどうにか見れる映画になってたという印象。

万次・永空戦というのは「死ねない者同士による終わらない斬り合いの凄惨さ」がキモなのだけど、これに関しては完璧に実写化されていた。ここは本当に良かった。

・万次・永空戦の血みどろの斬り合い
・黒衣鯖人の肩のアレ

この二つを実写化したのはすげーなと思う。特に黒衣は実写で見るのは勇気が要った。

もうちょっと無骸流の面々に見せ場あったら良かったなぁと思う。ハンパに槇絵出すぐらいなら、全部カットしてその分百琳と凜の絡みとか描いてほしかった。百琳も全然キャラ変わってしまってる。

というか、もっと言えば、2時間半の尺なら「凜が万次に用心棒依頼する」「万次が逸刀流を数人斬る」「と同時に、逸刀流が吐鉤群に滅ぼされかける」「天津と吐鉤群の一騎討ち」「凜が天津を刺して終わり」ぐらいしか入れようが無いんだから、他の話の要素、槇絵とか無骸流は一切出さなくてよかったと思う。

栗山千明の百琳、なんというか、「漫画実写化なら栗山千明入れとけば何とかしてくれるんじゃないか」という期待感でキャスティングされたのではないかという気がした。

原作を少し見返してるけど、やはり、こう、全体に変に間が長いのに必要な台詞は削られてるってのが多いな。凜が万次に用心棒頼むシーンだって、映画では「私を売る!」という台詞無しでいきなり脱ぎ始めるから原作知らん人は意味解らんだろう。



脚本のダメさとキムタクの万次具合を確認しに来たようなもんだから、ある意味予想通りの出来の映画だったかもしれない。

無限の住人の感想ツイートしてる人の9割ぐらいがキムタク・SMAPファンで、つまりはそういう(キムタクを観賞するための映画みたいな)消費のされ方しちゃってるのがモヤモヤして仕方ない。



ピエール瀧出演の最終章に備えてアウトレイジを見た。

アウトレイジ、ヤクザの会話が頭悪すぎてクッソ笑うwwwww

手榴弾投げ込むシーンの後の撮り方とか、ヤクザ映画なんだけどところどころコントっぽい見せ方入ってるのが上手いなぁと思う。シリアスにちょっと笑い入れてるというか。

娯楽ヤクザ映画として十分面白かった。全部がどうしようもない感じ。

やっぱ、伊丹十三映画のヤクザと、北野映画のヤクザは別もんだな。社会派とバイオレンスの違いか。



続けてアウトレイジビヨンド見る。思いっきり続き物なんだな。全編後編ぐらいに前作見てないとダメなヤツだ。

小日向のマル暴刑事、小物なのか大物なのか解らない感じが良い。というか「ヤクザ抗争煽りまくってヤクザ全滅させたれ」をストレートにやっててひどいw

ラスト、小日向殺されて終わりかwww「ですよねー」としか言えんわwwwwww

アウトレイジとアウトレイジビヨンド、面白かったw 北野映画でこんなに解りやすく面白いのも珍しいな。

というか、こんなにガッツリ続き物だと思わなかった。最終章に向けて見ておいて良かった。



Steamの格ゲー人口。

Steamのウル4、もうダメだなぁ。人が居ない…。

対戦はかろうじてできるけど、同じ人と延々とやって延々と負け続ける、みたいなのばっかだ。

リュウ・ゴウキ・バルログとしかやってない感じするしな。



Steam ChartsでストVの人口を検索してみた結果
>それより…ウル4!!!!
>265人って…。

「ウル4、かろうじて対戦はできるものの人居ねぇなぁ…」と日々思っていたが、本当にガチで人が居なかった…。

「これ、体感的には10人ぐらいしか居ないんじゃねーの?いやでもまさかなぁ、オレの時間帯のせいとかそんなんやろ…」と思ってたら、ガチで体感が正しかったか…。他の格ゲー行こう。

スト5に移行した方がええのかな…。今更感がスゲェけど、やろうかな…。…と思ったけど、スト5も今更8000円払って始めるメリットがあるほど人が居るわけでもないのだよな…。

いやしかし、「現在のウル4のSteam対戦人口は数十人」って、ガチなデータで見れると思ってなかったからショックがデカい。



ついでなので今のSteamにおける格ゲー人口を調べてみる。

スカルガールズが170人、KOF13が100人。

マブカプ3が200人弱。ブレイブルー300人。ギルティギア200人。ブレイズブルーが結構居る。

デドアラ80人。餓狼MOWと月華の剣士、それぞれ、1人。1人出ました。

メルブラ、30人程度。

こんなとこか。結局、Steamでマトモに格ゲー対戦やりたかったらスト5しか無い、という結論だな。



決心してスト5始めようとしたらPCが64ビット必須ということが解り撃沈。

Steamでスト5買う→インストール→プレイできない→なんでだ???→調べまくった末、システム要件確認したら64bit必須→orz→返金要求→無事に返金が通った

途方に暮れる。



etc.

・無限の住人
・暦物語
・傷物語鉄血・熱血
・アウトレイジ・アウトレイジビヨンド

この5/2~4の3日間で消化しきったコンテンツ。疲れた。



キムタクは昔から今でもずっと「職業:イケメン」なんだと思う。大多数がなんとなく思ってるイケメン像を体現する仕事をやってる人。



「指宿」を「いぶすき」って読むの、難易度高すぎないですか。「ゆ」も「び」も「や」も「ど」も何も入ってないんだぜ。母音すら合ってねぇ。



ふるさと納税、実質的に単なる「お取り寄せ」になってるのがダメだよなぁ。



ビアンカフローラ論争でフローラが避けられるのって、フローラ本人がどうのというより「ルドマン(親父)の影がチラつき過ぎ」とかそういう理由無いかな…。

ルドマンが義父になるの、かなり面倒くさそう。



最低賃金を上げる話が紛糾するのって、そもそも「時給制のアルバイトは学生の小遣い稼ぎ」から脱却して「非正規で家族養うのが当たり前」という世の中にしてしまって良いのかどうか、というところでコンセンサスが取れてないのが原因だと思う。

「簡単で責任も生じないような仕事を学生に低賃金でやらせる」「基本は正社員雇用」の頃はWin-Winだったものが、「バイトがその賃金のままで店を回す、責任も負う」「雇用が悪化し、家族を養う立場もバイトするようになる」という状態になったわけで、ここから「Win-Winの頃に雇用関係を戻す」か「雇用関係そのままで賃金を上げるか」という二択なわけでしょ。最低賃金1500円の話は後者を必然的に選択してしまうけど、ええの?と思う。



味覚表現での「香ばしい」という言葉はここ数年で意味が変わった。

昔は「ナッツや焦げのようなクリスピーさを想起させる香り」という意味だったのに、最近は「美味しそうな匂い」ぐらいの意味で使われてるのが多い。



地毛云々とは全く関係なく、ヅラの人って何であんなにヅラを隠す気が皆無なんですかね…。地毛部分が坊主だからヅラとの境界での違和感が凄すぎたり、果てはヅラと地毛の色が違うとか、笑わせにきてるとしか思えんのですが…。

以前、茶髪ハゲの初老の人がその茶髪ハゲの上に黒髪のヅラ乗せるだけのスタイルで電車乗ってきたときには三度見ぐらいした。


2017年05月07日 Twitterまとめ(映画含) トラックバック:0 コメント:0

2017.04.13 - 25

マストドンが急に盛り上がっていた。

マストドンのpixiv鯖にエロ絵が流れて世界からブロックされる流れ、全員にとってWin-Winとしか言えないのでは。

マストドンがこんだけ話題になるの、それだけ多数が「もうTwitterはダメだろ・・・」と常日頃から思ってんだなぁと。



マストドンに流れてる情報見ると、Twitterというより「ひとりぼっち惑星」のワイドバージョンじゃないのかなと思う。

「うんこなう」「ドロリッチなう」が当たり前だった頃のTwitter。

Twitterが「ひとりぼっち惑星」っぽくなくなったから、定期的にそこの需要を埋めるものが出てきてるというか。



Pawooでアカウント作ってしばらく眺めていた。

非絵描きがやれることは本当に何も無いなコレ。

この中でしゃべるような話は何も無いし、やれることと言ったらただ口開けてリアルタイムにエロ絵が流れてくるのを待つだけってのは、何かすげぇ空間だなと思う。

ただ、Twitterの比でないぐらいにただボケーっと眺めてるだけで時間が過ぎ去ってしまうので危険だ。



etc.

オレが大学生ぐらいのとき(15~20年ぐらい前)、何か一時的にチーズ蒸しパンが大流行したけど、アレなんだったんだろうな。今思うと凄く奇妙に見える。

「チーズ蒸しパン」は消えていなかった! 現在は名前を変えて発売中!?
あぁ、こんなだった。



花に風 月に叢雲 マーフィーの法則 人生は常にうまくいかない

こういうの、ものの考え方でどうにかなるもんなのかね。



最近ずっとパラッパラッパーの音楽を聴いてるけど、こういう(キャラデザや音楽の尖った)ゲームはもう出てこないんだろうなと思う。PSの「UFO」とかな。

「がんばれ森川君2号」みたいな、動物や美少女の造形抜きで可愛さや萌えを表現するゲームというのも見なくなって久しい。



幻想ギネコクラシーがKindle半額だったので読んでる。沙村広明の本職はギャグなんだなと改めて思う。

しかしこれ、どうしようもないド下ネタが多い(誉め言葉)



「今の若者はダメだ」みたいな話はいつまでもあるけど、「今の若者の行動」というのは「ただ現状に最適化したもの」であるから、若者の行動を変えたいなら変えたい方向にインセンティブがあるようにシステムを変えるべきだし、「今の若者はオッサンに媚びない」という話であれば「終身雇用と年功序列が崩壊した結果、今のオッサンには若者が媚びる価値も無くなった」ということです。

オッサンのあの「目下をプライベートでも説教したい」欲求みたいなの、本当に何なんだろうなアレ。飲み会で説教とかさ。仕事中に適切なタイミングと内容でやれよと思うのだけど。



「ラーメン屋で原価が一番かかってるのはスープ。だからスープが入らないつけ麺食うやつはバカ」…ってよく言われるけど、つけ麺もスープ使われてるし割りスープで締めるのが普通になってるから、そんな変わらんと思うんだよな。

油そばや台湾混ぜそばは、まぁそうかな(コスパはラーメンよりは悪い)と思う。



アウトレイジのピエール瀧を楽しむためだけに、今まで一度も見たこと無いアウトレイジを最初から全部見てみようかな…。



カップヌードルナイス食った。機能的で不味くなくてとても良い。言うほどコッテリだとは思わなかった。むしろキャベツが多くてサッパリ感すらある。とろみがあるのでこれをコッテリに感じて欲しいのだな、とは思った。

…というか、「日清健多郎」シリーズ以来15年ぐらい「ヘルシー志向のカップラーメン」というものが思い出したようにリリースされてるのに、全部短命なもんだから食い続けることができないのが一番困る。食い続けられないとヘルシーもクソも無いのよ。そこ解ってほしい。

ヘルシー志向のカップラーメンに求められるのは、何より「継続的に販売していて食べようと思ったときに食べられること」ですよ。低カロリー高食物繊維の食い物、一回食っただけでは何の意味も無い。


2017年05月03日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

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