05.31 - 06.17

野菜炒め。

茄子、料理によって物凄く美味い時と全然美味しくない時の落差が激しい食材だと思う。揚げたての天ぷらとか丸茄子の漬物とかはめっちゃ美味いんだけど、半端な炒め物とか吐きそうになる時がある。

ポイントは「油・脂のうまみを加える(揚げる・肉と一緒にする)」「火を通すならちゃんと通してトロっとした食感を出す、ゴーヤーと一緒で半生が最悪」くらいのとこかなぁ。


「野菜は強火でサッと炒めてシャキシャキに仕上げるべし」という思い込みが料理下手を大量に生んでるのではないかという気がしている。油通し・湯通しもせずに半端に強火でサッと炒めると「生焼けで青臭い上に、さほどシャキシャキもしていない不味い野菜炒め」ができる。

一時期ゴーヤチャンプルー作りまくってた時に、そういう「サッと炒めてシャキシャキに」というレシピを信じたせいで「青臭くて苦いゴーヤチャンプル―」を大量に作っては「何で美味しくならんのや…」と悩んでた。ある時、試しに逆にじっくり火を通してみたらめっちゃ美味くなった。

今は「野菜炒め 弱火」で検索すると失敗しない美味しい野菜炒めのレシピがたくさん出てくる。

中華でやたら油通しをやるのは実質的に油通しした時点で火を通すのをほぼ終わらすためであって、だからその後サッと炒めて済むのであり、別に「プロの火力の強さ」もさほど関係無いんじゃないかなぁ。



最近の将棋。

将棋ウォーズ、4級昇格。長かった。

とりあえず四間飛車&美濃囲いから高美濃囲い、さらに銀冠を作る。
→その間にゴキゲン中飛車や早石田の速攻が来たらアドリブで受ける→大抵受けきれて勝ちが確定する
→相手も持久戦狙いでお互い囲いが完成する→これもうわかんねぇな

…という感じ。

四間飛車→美濃囲い→高美濃囲い→銀冠のルートで組んで後は流れでどうにか、という戦い方でとりあえず将棋ウォーズは戦える。しかし、ぴよ将棋相手だとレベル10にも勝てない。


早石田を覚えることで早石田と四間飛車の両面待ちの開始ができるな…。

とか思った日に限って「向かい飛車」「猫だまし三間飛車」「嬉野流」とトリッキーなのとしか当たらねぇ…。棒銀来いよ…。

嬉野流って何だよ対処わかんねぇよ…。

ここ数日、対居飛車の勉強してるのに、将棋ウォーズでは相振り飛車しか当たらずしかも負けまくるので、かなりストレスとフラストレーションが溜まっている。



しかし、将棋ウォーズの対戦人口見るにそこらの格ゲーよりよほど盛り上がってんだな。今Steamの格ゲーネット対戦で常時1万人が参加してるようなゲームなんてそう無いもんな。

将棋ウォーズが常時5000人程度がやっていて、毎時1万局程度の対局があるのと比較したら、千人も滅多に居ない格ゲーはもう話になってねぇもんなコレ。

囲碁将棋、伊達に千年以上遊ばれてねーなと思うし、やはり面白い。



etc.

スマブラもスプラトゥーンもやってないので、かなり最近のゲームに付いていけてない自覚がある。SteamのDOA6もオレのPCでは動かなかったしなぁ。

DOA6で「グラボを良くしたところでさすがにCPUがセレロンでは無理っすよダンナ」という学びがあった。

そろそろSteamでゲームすることを前提にそこそこのスペックのPC組むのを検討すべきか。



最近のアニメ映画の乱立、「君の名は」の二匹目のどじょうを狙って資金がそこに集中してんだろうなぁって感じが凄くする。

売れるのは「アニメ映画」という括りじゃなくて「才能ある人に資金渡して好き勝手にやらせた映画」だと思うんだけどなぁ。

売れたのは「君の名は」だけではなくて「シンゴジラ」だって売れただろう。

そういうのはちゃんと「カメラを止めるな」みたいに売れるのにな。

何で実写邦画って「政治批判や社会風刺をやらなければならない」みたいな固定観念に囚われたようなのが多くて「ただひたすら楽しませる」みたいなのに特化したのが少ないんだろう。



「退路を断った人生」というのは要するに「単なる一点賭け」なので、成功したら結果的に良かったけど失敗したら死だよねという話でしかない。

なので、結果論で羨んだり後悔したりすることに意味は無いよなと思う。宝くじ当たった人を見て「オレも買っておけば」と言うようなものなので。



プラごみをどうにかしたいなら、規制すべきはレジ袋じゃなくてトレーを筆頭にした食品の過剰包装だと思うんだよなぁ。コンビニでざるそば買っただけでどれだけプラごみ出ると思ってんの?っていう。

むしろレジ袋は無料でどんどん配って、野菜などは丸のままレジ袋に放り込んで渡すようにした方が、プラごみは減るよね。

食品の過剰包装ではなくてレジ袋を規制するのは、多分「ごみの減る量」はどうでもよくて「既に十分エコバッグが使われているしレジ袋有料化しているところも多く、生活へのインパクトを少なくしつつプラごみ危機の啓蒙ができる」というところが主眼なんだろな。



「トップダウンではダメだ、ボトムアップであれ」というのは良いけれど、「トップがボトムに命令してボトムが自発的にやってることにする」っていうのは完全にトップが責任だけをぶん投げた劣化トップダウンだと思うんですよ…。

なんかそういう状況を最近リアルでよく見る。


2019年06月22日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

19.05.19 - 30

「誰でも良かった」的な話。

「誰でも良かったならヤクザの事務所でも狙え」「誰でも良いからこそ確実な弱者が狙われるんだろうが」定期。

「誰でも良かったならヤクザの事務所でも狙え」的なの見るたびに思うけど、通り魔に自分に都合の良い敵を倒して欲しいっていう願望は、アカンと思うんですよ…。

通り魔が皆の狙って欲しい人を狙うようになったら、社会が弱者をすり潰して通り魔が量産される方向に動くでしょ。絶対ダメでしょそんなの。


「死ぬなら一人で死ねと言わないで欲しい」の話、本音や実情はともかく建前まで破壊したらもう歯止め無くなるぞという話だと思うんですよね。

この手の事件が起こってこの手のことが言われるたびに毎度毎度言ってる気がするけど、「死にたきゃ一人で死ね」と言われる社会で死にたくなった時に一人で死んでやる義理は無いでしょう、という話で。それは社会が身内じゃなくて敵と化してるもの。

この事件があろうがなかろうがロスジェネの少なくない割合が近い将来に「無敵の人」にシフトしていくのは明白で、それに対して「死にたければ一人で死ね」と言ってるの、社会としてヤバくないです?って思うんですよ。


犯罪の責を社会に転嫁する論調は大嫌いで、それはどうやっても犯人本人の責だと思うけれど、「このような事件で被害にあう人が出ないようにするには」という話であれば、それはやはり社会の問題であろうと思うし、ここの差が解る人じゃないと社会の話はできないなと思う。



最近の将棋。

ぴよ将棋レベル10相手に四間飛車千本ノックみたいなことやって、ひたすら瞬殺されまくっている。

何で負けるのかすら、よく解っていない。


ぴよ将棋レベル10に勝てないので、「じゃあコンピュータ同士だとどういう将棋になるのか見せてもらおうか」と「レベル10同士、先手美濃囲い、後手居飛車穴熊」でやらせたら後手が悪手連発で瞬殺され「お前オレ相手の時にそんなクソ手打ってくれねぇじゃん!!!」ってなった。

四間飛車でどうにも勝てないぴよ将棋レベル10も、棒銀なら嘘みたいに楽勝なんだよな。問題は、将棋ウォーズを四間飛車一本で5級に上がった人間として、それで良いのか?ということだ。

人間相手にこんな棒銀が通るわけないので、やはりぴよ将棋レベル10を四間飛車でどうにかできなければ将棋ウォーズで先が無い。


ぴよ将棋レベル10を棒銀でボコっていたら四間飛車でも勝てるようになり、将棋ウォーズでも勝てるようになってきた。勝ちグセ、重要。

将棋ウォーズ、上位相手でも少し巻き返して「これ、ちょっと勝負分からんかもな」くらいで勝負を投げて接続切れ勝ちを献上してくれる人が少なくないので、結構勝ちを拾ってる。



etc.

ファーウェイがどうのというか、この流れで「純日本産のスマホ・タブレットを作ろう」という話が全く出ないあたりが本当にこの国は衰退したなぁと思う。

いや「今ならファーウェイの代わりに日本産スマホ売れるじゃん!」という話じゃなくて、「他国に命綱握られるリスク」が顕在化してるところで危機感が無いのかそれとも危機感はあるけどどうしようもないのかっつったら後者でしょ?という話でね。

20年くらい前の情勢だったら絶対そういう話出てたでしょ。

ハード作りからソフト作りに移行できなかったのが致命的だったな…。



自炊が安いかどうかっつーと、単純に「安い食材だけで済ませようという気があるかどうか」に尽きると思う。魚食うにしても、値引きシールの有無にこだわらず定価そのままで買ってたら、普通に外食と変わらんくらいのコストになると思う。

あと、昔に比べて安い外食は本当に安くなってるから、20年前と今とでは実は「外食と自炊、どっちが安いか」については全然違うかもしれない。

例えばサイゼリヤと同じコスパを自炊で出すの、かなり無理でしょ。



ゼスプリ(キウイ)のCMで「ノマノマイェイ♪」の替え歌聴いてると「ここはまだまだ平成のままだな…」って思う。



吉川英治の「宮本武蔵」読んでいる。基本的には衛府の七忍の宮本武蔵のイメージで読んでるが、沢庵和尚だけ何故か完全に男塾のイメージ(若い頃の江田島)で再生されている。

宮本武蔵・佐々木小次郎・白鷺城の物の怪(刑部姫)・宝蔵院胤舜等、FGOの和鯖オールスターみたいなところがあり、かなり面白い。



「子育てをコストパフォーマンスで否定する人が多すぎる(実際子供を持たないとパフォーマンスは解らないだろ)」と言われるけれど、実際のところは「パフォーマンス云々以前にコスト>>>収入なので手が出せない」ぐらいのことしか言われてないと思うなぁ。

例えば「核家族で両親がフルタイムの共働きで世帯収入が500万も行かない」というところで「子供を持つ喜び」とか以前に子育てが不可能じゃね?としか思えないんだよなぁ。



「年金は払わされるけど自分の頃にはもらえなくなってるのが自明」とか、「年功序列の名目で賃金を抑えるけど終身雇用は止めます」とか、そんなことばっかやってると本当にこの国滅んじまうぞ。


2019年06月22日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

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