07.21 - 31

コロナウイルス関連。

もう欧米の感染状況なんかBLMデモで吹っ飛んでしまったし、世界的にはもうなし崩し的にノーガードに移行してんのかなという感じがする。他国の感染状況を報道で見ることも無いしな今。

「世界的にもなんだかんだで感染者数増加は収まらない」「けれど重症化率は下がってそうな感じ」「薬治療も見つかりつつある雰囲気」→「重症化はほぼ抑えられそうとなった辺りで感染者数に関してはほぼ気にしないことにする(なし崩し的ノーガード戦法に移行)」…という感じがする。


「コロナ感染者数をfax集計するのをやめて、今すぐ厚労省のデータベースを直で更新できるようにするべし!」みたいなの、「どーせプログラムなんてちょちょいのちょいなんでしょ?」みたいなのと本質的には何も変わらんのですよ。

物凄い量の開発と物理的工事が必要だと思いますけど、そんなの全部ガン無視するからこそ「faxの台数を増やしてる場合じゃない」とか言うわけでしょ。



「今の感染者数は1波の頃なら検出されてない人が多い(感染者数の重みが大分軽くなっている)」というのはそうなんだろうなぁ、とは感じる。感じるのだけど、感じてるだけなのでその辺を分科会とかが正式に解説・公言して欲しいと思ってる。

「そうではない、感染者数は1波も2波も重みは変わってない」というのなら、都も国もあまりにも動きが悪すぎる(だったらとっくに緊急事態宣言が発令されてGWレベルの自粛体制がなされてないとおかしい)し。

多分、行政の中では既に「今の感染者数と1波の感染者数の重みは違う」を前提に政治判断しているのだけど、その「重みが変わった」が宣言されてないし、依然として1波と今の感染者数を同列でグラフで示してるから国民の間で混乱が生じてる状況に見える。


ワーケーション。

「ワーケーション」って言葉自体は数年前から「どうやってさらに観光に金落としてもらうか」の話でずっと出てる単語なのに、「何か急に安倍内閣が新しい言葉を作った!!まやかしだ!!」みたいに吹き上がってる人はちょっと自分のアンテナ感度とか見直した方が良いと思うんですよ…。

そして、その上で「今ワーケーションは無いでしょ…」と思ってますけど。

ワーケーションとは何かっつーと、要は「作家が締め切りヤバくなってホテルにカンヅメされてたのを、サラリーマンも自費で同じようなことやればホテル業界儲かるよね?」「で、それだとショボいからホテルは観光ホテルや旅館にしよう」ってだけの話でしょ。

だからワーケーションって言葉が出始めた頃から「…それに魅力を感じるサラリーマンが居るなら、どうかしてません?観光業界以外に誰に何のメリットがあんの?それ」って思ってますけど。自腹で交通費払って、自腹で滞在費払ってるのに仕事する、そんな馬鹿な話は無い。

「忙しくて金を使ってる暇は無いけど、金が有り余っててドブにでも捨てたくて仕方ない」みたいな人には良いと思いますけど。



そもそも「やらずに後悔すること」が無いが。

よく「やらずに後悔するよりやって後悔する方が良い」だの「本音を言った方が良い」だの言うけれど。

40年以上生きてて、そういう言葉に従ってやったり言ったりした結果、「やって良かった」「言って良かった」となったことは恐らく一度たりとも無いですね。

「これは言わない方が良いんだろうなぁ」みたいな判断が自分の中でできているものを、そういう言葉であえて覆して言ってみた場合、結果は100%「言わなきゃ良かった…」ですね。

で、これは何でか?っつーのを帰宅中に考えていたのだけど、要は「やらずに後悔するよりやって後悔した方が良い」などという言葉が机上の空論に過ぎなくなるくらい、それぞれ個人個人で「やった方が良いか・悪いか」という勝算を必死に計算した上でやったりやらなかったりするからでしょうね。

自分の中で勝算を計算して「やらずに後悔するよりやって後悔した方が良さそうなこと」はそもそもやるんであって、「やらずに後悔するよりやって後悔した方が良い」などという言葉に惑わされるような状況は、既に(状況を一番よく分かっている)自分の中では「やらない方が良い」という結論が出てるんですね。そんなもん、無理やりやってみたらやっぱり後悔するに決まってんですよ。

状況を一番的確に判断できるのは、その状況を一番よく知ってる自分だけなんですわ。たぶん。



ステーキを焼いた。

はー。美味かった。初めて塊肉を完璧に焼けたかもしんない。

以前からオーブンで放置して塊肉を焼きたいというのがあったんだが、いつも先にフライパンで焼き目を付けてから焼いては仕上がりがベチャっとしてしまい「なんか違う…」となっていた。

そこで、ここのレシピを参考に。

1.ワンポンド450グラムの牛肉を用意(ステーキ用もしくは肩ブロック)
2.室温に戻しサラダ油を全体に塗る
3.天板にもやしなどを敷き(網が無いので代わりに)、肉を乗せる
4.余熱120度で25分、裏返して20分
5.フライパンで強火で焼き目を付ける
6.しばらく休ませる
7.(゜д゜)ウマー

味付け(今回は味塩コショウとした)は5の時に付ける。

完璧であった。そうだよ、最初に焼き目付けるからダメなんだよ。低音調理して最後に焼き目付けたら外はパリッとしたのが食えるじゃん。



鬼滅の刃。

鬼滅の刃全巻セットが届いたので読んでる。まー面白い。

鬼滅の刃読んでて「この絵の緩急の感じは他にどこかで…」と思ってたが、今分かった。ヒラコーだ。


鬼滅の刃21巻セットを読破した。

…で、21巻が最終巻じゃなかったことを今知って驚愕してるところ。

そりゃ読んでて「ここで縁壱の回想入るのは、どう考えても尺が足りないんだが???」と思ったよ。


それにしても鬼滅の刃の、無限城に行って上弦ボスバトル突入(して無惨も倒してそのまま終わるわけでしょ?)する辺り、昔のジャンプなら絶対にこんな展開にしないで上弦の鬼を1体ずつゆっくり消化して何年も引っ張ってそうなのになぁ、ということは思った。

善逸の対兄弟子のくだりとか、「そんな(無限に重くできそうな)話をそんなスピード消化しちゃうの!?」っていう。ワンピースならこれだけで単行本3冊(導入1冊、回想1冊、決着1冊)くらいかけてそうなのに。



eスポーツ(ほぼスト5を念頭に)。

eスポーツが盛り上がらない理由は山ほど挙げられるけど、何より致命的なのは「ゲームは見る暇あったら自分でやる方が楽しい」がどうにもならんからだと思う。

他のスポーツ全般と違ってeスポーツは「観戦するのと自分でやるのとは別種のもの」という感覚が全く無くて、他人がやってるのを見るのも「自分のプレイの参考」に過ぎないし、自分がやってないゲームは見てても分からないし楽しくない。

鳳翼扇全段ブロッキング級のことがあればさすがに見てて面白いと思うけど、そもそもメーカーがそういう「プレイヤースキルで超絶プレイが可能」みたいな部分を削いでるくせにeスポーツ盛り上げようとか言ってるから意味分からん。

プロスポーツは大体「これは絶対オレにはできない」が前提にあって、だからそういうプレイを見て皆が熱狂するんだけど、ゲームだとどんなプレイも「え?これくらいもできないの?雑魚がwww」みたいな煽りが発生しちゃうんで、その時点で詰んでると思うんすよね。

プロゲーマーが話してですら「これくらいはできて欲しいよねー」みたいな話が平然と出てくるわけで。そんなの見て熱狂してたらバカみたいじゃないすか。それこそベガ立ちしながら「ほぅ…コイツできる…」みたいな見方しなきゃいけない。

その時点でeスポーツは「ゲーム」というくくりに限定しても、熱狂においてですら将棋の足元にも及ばないわけですよ。


eスポーツが盛り上がるには、「高橋名人が1秒に16回も連射できてすごい」みたいな「誰にでも分かるレベルの分かりやすさと、かつ、それが誰にもできなさそうという感じ」が必要なんだと思う。

あと、プレイヤーがスポーツマン的に人格者であること。



etc.

将棋のネット対戦と格ゲーのネット対戦を両方並行してやってるような状況なんだけど、将棋はどんだけ負けても納得できる(納得せざるを得ない)一方で、むしろ納得できる方が少なくストレスフルな格ゲーは一体何なんだろうと思う。

ラグによってまともに動かせない、キャラ差で詰んでる、等々。理由は色々ある。というかラグは納得以前にゲームになってない。スト4の「頻繁に止まる」ラグと違って、スト5は「キャラがワープする」なのでより一層酷く感じる。



それにしても、スト5のCPUが「超反応&超正確コンボ」の一辺倒なので、対人戦の練習には本当にクソの役にも立たないのはどうにかならんのだろうか。

本当に、発生5フレのスクリューを見てから(要するにこっちの入力に反応して)ジャンプで避けるのでゲームにならない。



今でも自認としては「自分はパクチーが食えない人」なのだけど、トムヤムクン・ビリヤニ・グリーンカレーに入ってるパクチーは(大好きとまではいかないまでも、「こういうもの」として)食えるので、単に「パクチーブームで何でもかんでもパクチーぶち込むのがクソ」なだけかもしれない。



「遊びも仕事も睡眠も、全部フラットにやりたいときにやりたいことができれば、生産性が爆上げするはずである」という言説がネットでは幅を利かせやすいけど、実際やってみれば、やっぱり寝るか遊ぶかしかしなくてほとんど仕事はしないと思う。

「タダでもやりたいこと」だけでは、やっぱり世の中回らんよ。

「ウーバーイーツの配達員やればエアロバイク漕ぎながら金がもらえる!」みたいなのも、実際のところは「金がもらえるからエアロバイクより効率が悪い配達をやる」であって、金が発生しなかったらもっと密度の濃いトレーニングができて皆そっちをやってるはずなのですし。



「スク水揚げ」とか「ノーバン始球式」とか「DHMO」とか、「1回や2回ならともかく、10年くらい同じ釣りネタ繰り返すのはさすがにもう良くないか?」と思う…。

「新しい定例の風物詩」とかならまだしも、釣りネタでしょ…。



家賃なんかそのものズバリだけど、ヒトカラやネカフェなんかも会計すると「(遊興費というよりは)人は自分の居場所に金を払って生きているんだなぁ」というのを強く感じる。



日曜にみどりの窓口行って「新潟-直江津間をしらゆきで往復したいんですけど、安い方法あります?」と聞いてノータイムで「しらゆきWきっぷ(6520円)」を提示されてそのまま買ったんだけど、その時からずっと「…えちごツーデーパスと特急券の方が安くねぇ?」ともやもやしている。

で、今改めて計算してみたら「えちごツーデーパス(2740円)+特急券往復(1860円×2)=6460円」となり、「なー!?やっぱりなー!?」となってる。良いんだけどさ。60円くらい。


2020年08月09日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

07.10 - 20

SNS直接民主主義。

安倍内閣の悪い点は「むしろ国民の声を聞きすぎる、なので中長期的に見て絶対に必要であろうことがやれなかったり、政策が妙なところで日和ったりする」という事だと思うが、まぁそういう内閣だからこれだけ長期続いているのだろうしなぁ。

ここ10年くらいの歴代内閣で「どんなに国民から反対されてもこれだけはやる!」と押し切った政策が消費税の増税だけだし、どんだけ財務省が強いんだこの国。

「安全より安心」を求める国民に対して「バカなこと言ってんじゃねぇ!安全であれば安心だと思え!!」という政策を打てる政治であって欲しいと思うけれど、もう政治家や内閣より国民の方が強いから、そんなこと言ったら簡単に内閣が吹っ飛んじゃうんだよね。


国民の声を聴く政治って、平時の「間を取った政策」をするのには良いのだけど、有事の「ゼロイチに振り切って対処しないと全部を失う」みたいな状況では何もできなくなるんだよな。

例えば「8割削減か、ノーガードで経済回すか、選べ」で間を取って「5割くらい削減で経済も回そう」みたいなことをすると、感染対策も経済もダメになる。


端的に言って「世の中の複雑さが、一般人が網羅して理解できる範疇を超えている」というのが今なわけだけど、そして、だから間接民主主義をやってるわけだけど、何故かそういうところを全部すっ飛ばしてSNSによる直接民主主義に回帰して全てを台無しにしようとしている昨今。

Twitterが横行してからは本当に民主主義の限界しか感じてない気がする。何も希望が無い。国会がハッシュタグと直接結び付くようになってからは特に。



鬼滅の刃を全巻揃えることになった。

母からいきなり「鬼滅の刃が読みたい」と言われ、極力安く全巻揃えることにする。

BOOKOFFにいくらでもありそうだけど。


「鬼滅の刃くらいBOOKOFFでいくらでも安く買えるやろ?」と思ってたが、思いの外無いな…。

真面目に、電子書籍で買う人が多すぎて意外と中古市場に出回らないのかもなぁ今は。

で、オレみたいな(頼まれて物理書籍の新品を買う)人間がある程度いて、それが数年後に中古市場に流すんだろーなぁと思った。


結局、Amazonで新品で21巻まで買った。「ネットで中古なら?」と思ったが、送料込みでは新品より高い(まとめて買っても1冊ごとに送料がかかる)ところばかりだった。



etc.

昨日「ストロング系でも炭酸水で倍以上に割って飲めば問題なかろう」と炭酸水で割ってほろよいレベルのアルコール度数にして飲んだが、それでも何かいつもと違う回り方したので、本当に体に良くないんだなと思った。



ここんとこ毎週土曜の午前はまねきねこでヒトカラやってるけど、朝うたで30分10円は安すぎて罪悪感覚える。ええんやろか。

基本的にJOYSOUNDの方がDAMより採点甘いというのは昔も今も変わらんのだけど、昔は「DAMの点数に10点足すとJOYSOUNDの点数になる」くらいだったのが最近は10点が5点くらいになってきたし、それ以前に点数の出る曲が全然違うので、アルゴリズムの方向性がかなり違う感じはする。



喋るときにわざわざマスク外して、喋り終わったらマスク付ける人、本当にどういうつもりだ?と思う。

マスクを「自分が感染しないために付ける」と思ってるのだろうなぁ。

アベノマスクを否定したいがために「布マスクは効果が無い」みたいな言説が流れまくった結果、いまだに「マスクは自分が感染しないためではなく、他人に感染させないために使う」すら浸透してない。だから喋るときだけわざわざマスクを外す、みたいな人が出てくる。



ユニクロマスクとかミズノマスクとか、世の中に紙マスクが潤沢に供給されるようになったら布マスクに人が殺到するっての、なんか寓話的だなぁと思う。どういう教訓の話なのかは知らんけど。




「街とか428的なやつ!?だったらオレの大好物では!!??」と思ったが、ノベルではなく「インタラクティブムービー」を名乗ってるところで「…ん?」となり、レビューの「同じムービーを何度も見せられるのでイライラする」を見て「あぁー…」となった。

佐藤二郎を見まくれるところでちょっとグラッと来るものはある。とりあえずウィッシュリスト入り。



(色々見て)「なんで日本でeスポーツが盛り上がらないのか?」については自分の中では「プロ選手が自分のやってる競技をDisりまくってるプロスポーツが盛り上がるわけなくない?」という答えが出た。



「仕事で威圧的な態度を取る人ほど何もしない」と思いがちだけど、たぶん逆で「何もできないから威圧的な態度を取るしかない」なんだろうと思う。そして何故そういう人が出てくるかというとそれはピーターの法則であり、全てが必然。


2020年07月31日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

06.30 - 07.09

東京都知事選2020。

(20時01分) はい再選。

まぁ小池都知事再選という無難な結果に終わったから良いんですけど、「一票の格差」問題なんぞに比べたら「事実上のセカンド首相たる都知事選に都民しか選挙権が無い」の問題が大きすぎると思うのよね。

で、そこに「選挙権欲しかったら都民になれ」という話で終わるのなら一票の格差も「一票の価値の大きい地方に引っ越せ」で終わって良いわけでしょう。


小池都政での豊洲のごたごたが不問にされるのは、さすがに仕方ないと思いますわ。それでもどうにか五輪がダメになるのはギリギリで回避される感じだし、何よりコロナでそれどころじゃないもの。

というか、小池都知事は「コロナ対策で記者会見やってるだけで選挙活動にもなる」という大ハンデ戦なんだから、先週の50人超えた時点で警戒訴えるなりしといてくださいよ、と選挙期間中ずっと思ってた。



コロナ対策の責任の在処。

「専門家と政治家、どっちの責任なのかを明確にしろ!!」みたいなのがずっと言われ続けているけれど。

物凄く根本的には「そもそも『専門家と政治家、どっちの責任なのか』という話になるのがおかしい、政策の決定権は政治家にしかないのだから政治家に決まってる(だから、『どっちの責任なのか』を問うこと自体がミスリードである)」と思うし、さらにその前に「責任を取るとはどういうことか、どういう事態になると責任を取らなければならないのか」も誰も具体的に考えてないのだから、この辺の話がグダグダになるのは必然なのではと思う。

「誰が責任を取るのか」の前に「責任とは何で、どういうときに取るべきなのか」だと思うんですよね。そこを曖昧にしたまま「この政策を提言したのは誰だぁ!!(海原雄山みたく)」言うから「それは専門家会議です」ってなるんでしょうよ。当たり前じゃん。

「政策の正しさ(8割削減は本当に必要だったのか等)」は専門家の問題で、「政策を決定・実行した責任」は決定した政治家の問題でしょう。で、「コロナ感染をシャットアウトできない責任」というのはそもそも取らなきゃいけないものなのか?不可能を要求してないか?そういうことです。

「責任を専門家会議に押し付けるな!専門家が気軽に言えるようにしろ!!」言う人も、責任ついでに政策の正しさの問題まで政治家に押し付けようとしてるでしょ。そんなもん専門家じゃない政治家に分かるわけねーし無責任&適当に提言されちゃ困るでしょ。何度も何度も言ってるけど。



マザボ交換のリアルタイムのツイート。

Ryzen買った。

…ヤバい、やってしまったかもしれん…。microATXのつもりでATX買ってもうたかもしれん…。

アカンかったらもう明日ケースも買おう…。

やってしまってなかった。ちゃんとmicroATXだった。良かった。


しかし、電源8ピンが無いので4ピンを変換しなきゃならん。電源入れるの明日だな。

4ピンの挿し方ググって動かせた。ライセンス認証に少し手間取ってビビったが、結果的に完璧に動いた。

PC内の掃除込みで1時間半でCPUとマザボ換装しようとするのはさすがにちと無理があった。クッソ疲れた。


CPUとマザボ交換してもHDDがそのままならWin10がそのまま動くってのはありがてぇね本当に。

昔だったらとりあえずOSの再インストールは必須なパターンじゃないのかという気がする。


それこそ20年前はオンボードの音質が酷くてとても実用に耐えられない感じ(ノイズ山盛りでも音が出ればええやろがレベル)だったが、8年前のマザボの時点でもうオンボードでも十分な音質だったし、もうこれからサウンドカード買うことは無いんだろうなと思う。



etc.

スト5始めるとき、「munakata」を含めたIDを登録しようとしたら何をどうやっても(一部を大文字にしようがどんな記号や数字をくっ付けようが)ダメで、「scott_777_0912」にしたら一発で通ったのがいまだに納得行ってない。「munakata」が何故かNGワードになってたとしか思えない。

さすがに「むなかた」がダメなわけ無いだろうから、「munakata」の中に何らかの英語圏的NGワードが含まれているのだろうけど。それが何なのか全く分からない。



対戦相手が居てラグの無い格ゲー、面白い。願わくば、ストアニのスト3のネット対戦をこんな感じでやりたかった。

でも、スト5が全体にコンボがもっさりした感じで延々とつながるのも、多分相当ネット対戦のラグを前提とした作りなんだなと思うし、スト3をネット対戦ガンガンやれたとしてもブロッキングがどれくらい精度高くやれるかは分からんな。



欧米の「デブを認めないのは差別・ポリコレ違反!!」みたいなムーヴメント、普通に「政府が肥満対策=貧困対策・健康対策するのを放棄した、もしくは放棄するのを推奨する」なんだろーなーと思ってる。中長期的に見て誰にとっても良い話ではないと思うんですけどね。

オレもデブですけど、世の中から「あなたはデブで良いんだよ」なんて甘やかされたらあっという間に糖尿病発症すると思いますしね…。



バスセンター改装でシルバーホテル内に避難しているバスセンターカレー、先週実際に食ったけど「…微妙に違う気がする。やっぱり環境か?あの一見劣悪な環境がバスセンターカレーの味の一部なのか?」と思った。



前々からキーを男声向けにしてドリカム歌ったら気持ち良さそうだなと思っていたんだが、今日色々試してみて「ドリカムっていうか決戦は金曜日が特異点的に気持ちいい」だと分かった。



4か月も離れてみるとパチンコ屋に行きたい気が全然しないというか、今行っても自粛期間中の回収で勝てる気しないし少なくとも「カラオケ行って衰えた喉を鍛えなおしたい」「せっかくスト5買ってんだからとにかく対戦したい」よりは圧倒的に優先度が低いというか。



政治家の食事会が単なるお遊びの飲み会なわけないだろうと思うけど、批判する側が「高級料亭で飲み食いしてた!ズルい!!」くらいの話でしか非難できないのは、むしろ政治家にとっては楽だろうなぁ。



「投票率が低い、けしからん!」みたいな話、ほぼ全て「投票してないヤツがその票を全部俺に寄越せば俺のお気に入りの結果になるのに!!ふざけるな!!」くらいの意味しかないので、聞く価値は無いです。自分が入れた候補が当選してて投票率に怒る人は居ないからね。



「批判対象であっても、むしろ真っ当に批判している文章を書くつもりであるほど批判対象は正しく敬称を付けて呼ぶ」というの、大人としての初歩中の初歩だと思いますよ。



大人の定義ってのは「自分の機嫌を自分で取れる人」で必要十分な気がする。


2020年07月11日 Twitterまとめ トラックバック:0 コメント:0

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